50題―04.酒と肴

 


「孔明・・?」
らしくもなく、困惑した声が出た。
困惑せずにはおれぬだろう。
眼差しは冷ややかな深淵、口を開けば立て板に水の知性あふるる罵詈雑言―――そういう相手が、たかが酒の2、3杯を飲み干したところで、ことん、と頭を落としてしまったとあっては。
白い指の爪先でいまにも落下しそうに揺れている酒盃をとりあえず取り上げて、底に残っている酒を舐めるように干す。
そんなに、強い酒ではないのだが・・・馬超は首をひねった。
では、疲れて寝てしまった?
この国の誰より多忙の職務を背負うゆえ、ありえないことではなかったが、寝ている様子ではない。

二人は床に敷いた敷き物の上に座していて、うっすらと目をあけた軍師は、馬超の胸に頭部を預けている。
自身の頭の重みを支えきれないという様子に、やっぱり、脳みそが重いのか、と馬超がひそかに手のひらに頭部を乗せて重みを量ってみるのだが、べつに重くはなく、どちらかというと軽やかな頭部であった。
軽い頭だな、なんて口に出すとおそろしい報復を受けそうなので、黙っていることにする。
そうしているうちに黒い髪がさらりと手の内からこぼれ、白い容貌が振り向いた。
「孟起・・・もう少し、飲みたい」
頭を乗せていた手のひらにはいまや、頬が触れている。
声音に冷ややかさはなく、涼やかにしてわずかに甘い。
どういう風の吹き回しだ、などと追求するつもりはない。
孔明は、酔っている。
ただそれだけだ。
普段の言動とあまりにも落差があるが、このものやわらかい様子のほうが本来の孔明の気性であるように、馬超には思えた。政庁や軍議の座にいるときの彼の冷ややかで厳しい表情や固い口調のほうは、彼の造り出した鎧であるように思えるのだ。
酒の匂いを漂わせた孔明の仕草はほんのりと甘えるようでいて、媚びは含んでいない。
それも、本来の気性なのだろう。
馬超は甘く笑った。
「・・・もっと、酔え」
自身の盃から酒を含んで、口づける。
細い喉が動いて酒が飲み下されてもなお、唇を放しはしなかった。歯列を分け入っても抵抗なく侵入が許され、歯の裏や口腔の敏感な粘膜をたどった末に絡めた舌は、飲ませた酒の味がした。
離すと、淡く開いたままの唇から覗いている舌先が、味を確かめでもするように唇の端をすこし舐めている。
誘っているような舌の動きに、顔を寄せた馬超は自らのそれで軽く舐め上げた。
「っぁ・・・は・・」
角度を変えながらつながりを徐々に深めていき、舌をからませてやわらかく吸ってやると、もろく声をかすれさせて孔明の身体が崩れる。
口づけたまま馬超は、重たげな黒衣を剥いだ。薄い色合いの内衣を肌蹴けると、常には温度のない肌がうっすらと酒に染まり、潔癖な肌は、夜気の中で芳香を漂わせるがごとき艶を含んでいる。
「ぁ・・あ、孟起・・・明かりを消して」
恥らうように告げられたそれに、馬超は甘い苦笑いを浮かべた。
「点けたままが、良い」
明かりは窓辺に置いてある。近くなく遠くもない距離で揺れるともし火に浮かぶ肌がなまめいていて、消してしまうのが惜しかった。
「・・・目を瞑っておればいい」
まぶたに口づけると、閉じた薄い皮膚が震えていた。首筋に唇を移して舐め、弱いところを軽く吸いながら、手は衣の下にすべりこんで、平坦な胸の稜線をたどって指に引っかかる突起をさぐりあてる。
そこに爪先が触れると、孔明が息を呑んだ。
ゆるくさすり、ときにそっと押しつぶすように刺激を与える。そうしながら合わせたままの口唇でゆっくりと舌を絡めて口づけの甘さを堪能した。
頭を振ろうとするのを頭部全体を覆うように置いた手で抱き寄せ、密着の度合いをいや深くする。赤みをまして立ち上がった朱粒を指でこすると、口内で舌が震える。口づけを解くと、互いの唇からつやめいた吐息がこぼれた。
馬超は頭をずらしていって、片方の朱尖を口に含んだ。口をすぼめて吸い、舌で転がすように舐めて味わう。
「ふ・・ぅん・・ん・・・」
気づくと、孔明が手を伸ばして馬超の頭を引き寄せていた。結わい上げた髪のすき間に細い指が入り込み、髪を梳きおろすつたない愛撫を繰り返している。
馬超は口端をゆるめ、なめらかな肌を強く吸った。しばらくしてひそやかな痕跡が浮かび上がる。
もう片方の乳首も同じように愛しむ馬超に、孔明は声を震わせた。
「あ・・ぁ・・っ・・・今日はなんだか、おかしい・・私、・・」
「おかしくはない――」
音を立てて胸を吸った馬超は、頭を上げて、酒盃を引き寄せる。
「だが、まだ酔い足りないらしいな」
理性など、飛ばしてしまえ。
低く笑って口移しに酒を与えると、孔明は喘ぎをもらして受け入れた。ひと口を含ませては歯列を撫で、二口めには上顎をなぞり・・・酒盃の中身をのこらず飲ませがてらに深く舌をからめる。
肌蹴た衣から覗く肌がいっそうの酒香をただよわせ、色と香が匂い立った。
酒精を入れられた孔明は吐息を乱し、見事な黒眸と淡い色の唇をうっすらと開いて、馬超の腕の中で浅い呼吸を継いでいる。
馬超は紅く染まった耳朶を舌でなぞりながら、下肢を覆う薄衣の裾を、そっと割っていく。淡い色の内衣が大腿まであらわになり、外気を感じたのか孔明が身を震わせた。
膝に触れて骨のかたちをなぞり、転じて腿の内側のあたたかくなめらかな皮膚をたどっていく。足の付け根にきたとき、馬超は耳の穴にそっと舌を差し込んだ。
「ぁ・・・ふ・・っ」
狼狽したような声があがり、触れていた脚のほうまでに震えが伝わってくる。
手はそのまま下腹部に移動した。わき腹や恥骨を撫でて、また足の付け根のほうにもどっていく。
何度かそれを繰り返しているうち、孔明が腰を揺らしだした。
「ぅ、・・ん・・」
目を閉じ、甘く溶けた嬌声を洩らすわりに、もどかしげに眉を寄せている。
「・・どうした?」
馬超は手を止めた。それは孔明の太腿の上に置かれている。目を閉じてじっとしている孔明に、馬超は軽く口付けた。
「どうしたのだ、孔明・・・」
馬超は手を宙に浮かした。すこし移動すると、当たるものがある。今まで触れていなかった孔明の中心は張り詰めて天を仰いでいる。馬超は細心に注意して、爪先だけで先端に触れた。ひそやかに開いた窪みからは、粘性の液体が露を結んでいる。
「ぁ・・ん、・・・ぁっ・・孟起・・・」
喉をのけぞらせて、孔明が喘いだ。
「何だ?」
何を訴えたいのか、もちろん分かっている。それでいて馬超は、またゆるゆると腿のあたりへの愛撫に戻った。孔明の口から吐き出される息はいっそう甘く、ひと息ごとがなまめいた喘ぎになっている。
「孟起・・・ぁ・・・もう・・・」
「言え、孔明。どうして欲しいのだ。俺はおまえの望みならば、大抵のことは叶えてやろうが・・・・聞かなければ分からぬ」
意地の悪い言葉を甘い声音でささやきながら、馬超は先端だけに指をからめた。絶え間なく滲み出る蜜を掬い取り、それを塗るように親指で先端を撫でさする。
「ぁ・・・あっ」
「孔明・・・」
「ぁっ・・・もっと・・・触れて・・・」
熱に浮かされたように絞りだされた言葉に、馬超は口角を上げ、五指を孔明に絡みつかせた。とたん高い嬌声が上がるのを引き寄せて、先端から茎までを強く握って上下に動かす。
快感に小刻みに身体を震わせ、黒眸に涙さえ浮かび上がらせた孔明が、手を伸ばして掻きついてくる。顔にやわらかげな吐息が当たった。
「ぁ・・・もっと」
馬超は一瞬唇を引き結び、次いで笑みを浮かべた。
「お前な・・・」
どれだけ俺を惑わせれば気が済む・・・?


薄い背を支えていた片手を腰へと下げていきながら、馬超はゆっくりと痩身を横たえた。
急に変わった視界に狼狽の声を上げる前に、中心を湿った感触に包まれて、孔明は別の狼狽の声を上げるも、声にもならず甘えた喘ぎにしかならなかった。
口内を塞ぐ熱量を、馬超は舌を使って巧みにあやす。さすがに羞恥を捨てきれぬのか、孔明は口に指を当てて声をこらえているようだったが、浅く咥えて先端を吸ってやると、腰を揺らして悶え声を上げた。
そのまま口内でのやわらかい愛撫を繰り返していると、指先を馬超の髪に差し入れて絡めてくる。その指先が小刻みに震えはじめたのを感じて、攻め手をはげしいものに変えた。
「っあ・・ん、も・・う、」
口全体で根もとまで含みこむと、びくびくと下肢が痙攣する。
「ふ・・・ぁ、あああ・・・!」
悲鳴とともに孔明が精を吐いた。
余すところなく口内に受け止めた馬超はそれを嚥下して身を起こすと、達した余韻に全身を虚脱させ、また全身を朱に染めて孔明が荒く息を継いでいる。
馬超はなまめかしいその風情を目を細めて見遣り、しばらく余韻を愉しませてから、細身を抱き起こした。
「孟・・起・・?」
「固い床の上などでお前を抱くのは、嫌だ。寝台にいく」
行き付いたそこで為されることに思い至ったのだろう、孔明が口をつぐむ。さきほどまで身の世もなく喘いでいたくせに、麗眸に不安やら羞恥がふとよぎるのを見て取って、馬超は歩みを止め、獣のように唸った。
もう少し酔わせておけばよかった。
それこそ、理性などかけらも残らぬくらいに。
いささかの悔いを残すものの、床においてきた酒瓶はもはや手に届かない。
馬超はそのまま奥への扉を開き、最奥にしつらえてある寝台へと向かい、整えられた敷布の上に孔明をおろした。
酒が届かぬとあれば、―――
酔いの醒めかけた表情で見上げる愛人に覆いかぶさりつつ、馬超は剣呑に微笑んだ。
酒がなくとも、酔わせる方法がないわけではない。
「溺れさせてやろう」
俺に。
馬超は、細腰をいましめる最後の帯を解いた。

   
 







ネタ・マイスターのM様から、馬孔で薔薇風呂Playを!、と要望されたので、まあ、とりあえず先生を酔わせるしかあるまい、と書き始めたところ、薔薇風呂まで行かんかった、という話。 痛恨。


(2009/10/13)

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