50題―30.朝の一コマ

 


 共寝した朝のことだった。
 共寝した相手と朝も顔を合わせるというのは、激しい情交があってしかるべきだが。激しいどころか、その玉膚には触れてもいない。話をしているうちに、同牀の相手が眠ってしまったのだ。
 どういう体たらくか。
 この俺が。同牀した相手に触れもせず、寝かせてしまうとは。
 寝るならば、ひとりがいい。ほとんどあらゆることにおいて俺は独りなのがいい。
 だから俺にとって同牀とはともに眠ることではなく、肌を貪るということだ。
 別に肌など貪らなくともよい。挿れて揺さぶって欲を吐き出せれば、それでよかった。
 この相手以外であったならば。

「・・・孟起」
 その相手が俺を呼ぶ。温度の低い声だ。
 年上の恋人の声は、少し冷たくてあまり感情がこもらない。  
「その格好で出て行くのですか。ちょっと待ちなさい」
 立ち止まって、己の様子をかえりみる。
 たしかに。肩に引っ掛けた袍は、夕べ脱いでそこらに放っておいたせいで皺くちゃになっている。
「替わり服なぞ、なかろう」
 白い容貌がついと窓を見る。首の傾け方から髪が頬を横切るさまも、なにか高雅な雰囲気がある。
 窓を見たのは、時刻を確かめるためだったのだろう。
「まだ時間がありますね。袍は、こちらへ。それから、ここにお座りなさい」
 示された衣桁に、袍を掛けた。しばらく置いて皺を伸ばそうという魂胆に異存はないが、俺自身はというと。
「孔明?」 
「袍より、貴方のほうがひどいものです。一晩寝ただけでこうも奔放に乱れることもないでしょうに」
 すこし、笑う。どきりとした。
 笑ったことに。それから髪に触れられたことに。
 狭い部屋だった。素朴というより、粗末といったほうが良さそうな。一国の宰相の室がこれほど質素でよいのかと驚くほどだ。
 その室の中でこれまた粗末な椅子に導かれて、やや居心地悪く思いながら腰掛ける。
 孔明がのんびりと、髪を梳きはじめた。
「――そのようなこと、せずともよいのだが」 
 髪なぞ、どうでもいい。
 戦場に出るときと、儀式などがあるときは従者に整えさせるが、あとは放っている。
「まぁ、時間もあることですし」
 たまにはこんなのも良いでしょうよ。
 俺の髪は梳きにくい。今朝はいつにまして櫛の通りが悪いようだったが、孔明は、櫛に髪が引っかかるたびに小さく笑った。
  
「おもしろい、髪ですね」
「・・・・・・・」

 なにか、不公平だ。
 俺は孔明の髪が好きで、触るたびに賛辞を吐く。吐きたいわけではないが、思わず言ってしまうのだ。
 綺麗だ、とか。手触りがいいな、とか。思い出すと恥ずかしいのだが、星をうつした夜空のようだ、と吐いたこともある。何を考えていたのかわからんが。
 ともかく俺は、乏しい語彙の中から精一杯に孔明の髪を誉めそやしているわけだ。
 ところが、どうだ?
 俺よりも何倍、いや何百倍も知識を蓄えた孔明が、だ。
 「おもしろい」という誉めておるのかどうかもあやふやな、わけの分からん語句で済まそうというのだ。
 なにか釈然としない。
 憮然としながら、髪を梳かれた。
 孔明は丁寧に、まるで。・・・・まるで、愛撫でもするように優しげに俺の髪を整えた。

「こんなものでしょうか」
 横の髪を集めて後頭部でかるくまとめて結う、という髪型になっていた。思わず頭を振ると、濃い苔色の結い紐が揺れている。
 性格なのだろう、神経質なほどきちりとした結い方だ。発作的に指を入れてかき乱したいという衝動に駆られたが、なんとか耐えた。
 それよりも切実にこみ上げるものがある。

「――孔明」
 髪結いの道具を片している肩をつかまえて、向かい合う形で壁に押し付けた。
「好きだ」
 口を重ねる。
 昂ぶっていた。当たり前だろう。いつも本心の片鱗さえのぞかせない相手が、あんなふうに髪に触れてきたなら。こうなって当たり前だ。
「夕べ、寝かせてやった借りを、返してもらうぞ」
 にやりと笑ってみせた。逃さない、という意図をこめて。
 実際、逃すつもりなどかけらもなかった。



 が。・・・・・・逃げられた。
 接吻だけは好きにさせていた孔明は腰を抱こうとした瞬間、俺にそっと手を伸ばした。
 俺の頬に触れ、結ったばかりのこめかみの生え際をなぞり。
 そして静かに目を閉じた。
 つられて俺も目を閉じる。もう一度口を重ねようとした。が、なぜか腕が空だった。
「――おい・・っ!?」
「・・・・政務につく時刻になりましたので。・・・馬超殿」
 呼び方まで変わっているのが忌々しい。さっきまで「孟起」と少しはやわらかげにささやいていたものを。  
「なんだ」
 不機嫌に言い返す。孔明はもう戸口のところまで行っており、そこで振り向いた。
「今夜も、・・・逢いますか」
 黒い双眸がけぶるように此の方を見ていた。本心などけして見せない眼差しと。体温の低い、感情のこもらない静かな声で。
「・・・お前が、逢いたいと思うならば」
 孔明は考えるそぶりをみせた。考えることではなかろうにと呆れるが、この男はいつも考えてから結論を出す。
「逢いたい・・というふうに思っているようです、わたしは」
「そうか」
 呆れ果てたが、応えた。俺も逢いたいのだ。考えるまでもなく。
「では、俺のところに来い」
 すこし考えて、孔明はうなづく。
  
「それでは、政務にいそしみたいと思います。これで失礼を」
 ごく真面目に頭をさげる。なぜか俺も、真面目に言った。
「俺も、軍務にいそしむとしよう」
 そこで別れた。

 衣桁から袍を取って、身にまとう。
 どうせ自室に戻って着替えるつもりだったが、皺が消えているのは悪くなかった。朝帰りの様相で廊下を歩かなくてすむ。
 自室に戻ると馬岱がいて、目が合った途端、腹をかかえて笑った。

 髪が、いやお似合いですよ、従兄上。男振りが数段も上がったようです

 誉め言葉だが。笑い転げて云われても嬉しくない。
 蹴り飛ばして、新しい武袍をもってこさせた。夕べの袍を掛けながら馬岱は、香が、移っております。涼やかでおくゆかしい。従兄上にはもったいない。と、また笑った。   
 

 調練に出たら、趙雲にも笑われた。髪が、と。いや、似合ってはいるのだが、と。
 趙雲のは苦笑だった。本当に苦そうに、笑われた。








 
   
 









 無双5馬孔コンセプト:年下攻め×きれいな年上のおねえさん(なんですと)年下攻め好きだわ。ムソ5は殿を含めてみんなコメ様より年下に見える。あー趙雲は別かなぁ。趙雲はあの胸板の厚さが包容力をかもし出してる。5になって孤独とか謀略を前面に出してるコメを包めるのは趙雲くらいだ!馬はコメのほうが包んでる感じ。


(2009/7/28)

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