相思5 趙孔(私設)

 


荊州での劉軍の拠点たる新野は、このごろではつねに建物の増築を行っている。
兵、つまりは人が増え物が増えて、いつも何かが足りない状態であるからだ。

宴をひらいていた広間を出てしばらく歩むと、いかにも普請の途中であるという様子の光景が広がっている。切り出したばかりの丸太が横たわり、筵の上には木が組まれていた。
いちおうの庭園をなしていた樹木なども切り払われて、土が剥きだしの空間がぽっかりと広がっている。

孔明は、その風景を前に立ち止まった。

酔っていて、やわらかな雲を踏むような心地がする。闇がおりる回廊にたたずむのが心地よかった。酒精により上気した頬を夜風が撫でていく。

無意識に、普請の現場を眺めていた。脳裏にすらすらと絵が描けてゆく。
あの太い材木を心木として物見のやぐらを建てよう。一帯でもっとも高い構造物にするのだ。ひょろりと細い木材を組み合わせれば、かえって強度が増すだろう。

兵を2、3人交代で置き、のろしを焚ける台もつくろう。それから、危急の時には鉦を鳴らせる用意もしたい。兵舎のほうも拡張したい。材木が足りぬから、木を切らせて。切ってばかりだとはげ山になってしまうから植林が必要だ。植えるのはなんの樹がよいだろう。育ちが早くて有用な樹木でなければ。

「愉しそうなお顔をされて。なにをお考えでございますか」

空想を破られて振り向いた先に、くすくすと微笑む白くやわらかい容貌があった。

この女人を、趙雲は抱いたことがあるのだ。

趙雲に思いを寄せる女人など珍しくもないことと深くは考えていなかったが、この女人のかの武将への執心は、膚をかさねた思い出に裏打ちされているものなのだと、ようやくにして思い至った。

少なからず呆然として、孔明は庭に目を戻した。
胸に宿ったのは、嫉妬ともいうような感情だった。
あの厚い、熱い躯を知っているというものに対する。と同時にわずかばかりの優越がこみ上げ、しかし一瞬にして哀れみに替わった。
すこしばかり意地の悪い優越感は、趙雲はおそらくこの女人を愛してはおるまいという確信から生まれたものである。

あの武将が、この女人を鍾愛することはないだろうとおもった。一瞬後には、ではあの誠忠の武人が、誰かを愛し、恋い慕うということがあるのだろうかという、自嘲にも似た憐憫の情がわきいでた。

あの人が誰かを慕い、恋に狂うなどということがあるとは、どうにも考えられない。
沈着怜悧と、ひとにいわれることもあるこのわたしが、このように恋うているにもかかわらず―――


孔明は夜空をふりあおいで物憂げな息を吐いた。
酔いの心地よさは失せかけている。
かわりになにか理不尽な目にあっているという気がした。
趙雲と寝たことのある遊女と宴席を抜けたというおのれの行為も快いものではなく、女人に対して嫉妬をいだくというのも、なにかみじめだった。

「・・・・・飲みすぎてしまったようです。わたしはここで風にあたって酔いを冷ましています。貴女はもうお帰りください」

怒るかと思った女人は満月のような笑みを浮かべた。
「ええ・・・・・折角お近づきになれましたのに、残念ですけれど」

彼女の笑みの理由が分からず、孔明はしばしその笑顔に目を当てる。
と、ついと爪先だちになり背をのばした女人の顔が近づき、あ、と思うまもなく唇が重なった。

よい匂いがし、唇にやわらかいものが触れている。
おもわず手を伸べて背を抱こうとした瞬間、たおやかな身体は離れた。

「おいとまをしますわ、この上なく賢く、おやさしい軍師様。あまりお心を隠してばかりですと、見失うものもございますわよ」

女人は鮮やかなほどさっと回廊を曲がって消えてしまった。
華美な裳裾がひるがえって見えなくなるのを見送って、孔明はゆっくりとした動きで、軽くもたれていた欄干から身をおこした。

宴席からはいっそうにぎやかな喧騒がもれてくる。劉備がなにか面白いことを考え付いたついたに違いない。
回廊の先の大広間がわっと賑やいだ。何人かが連れ立って外に出る気配がした。お開きになったという感じではなく、野外でなにか余興でもはじめる雰囲気である。
先頭たって飛び出しているのは劉備であるのだろう。となれば供につくのはやはり趙雲なのだろうか――・・・・。

遠いどこかで夜鳥のはばたきと鳴き声がきこえた。胸がもやもやとして、先ほどのように普請の工夫といった考えには入っていけなかった。

趙雲・・・子龍
胸中につぶやくだけで身体のどこかに火がともるような心地がした。かの人に対し、実際にあざなで呼びかけたことは無い。
これまでも無いが、これからも無いであろうと孔明は真剣に考えた。
あざなを呼ぶと、おそらく心からなにかがあふれてしまう。

酔いがさめはて夜風の冷たさが耐えがたくなった孔明は、もう自室へと引き取ろうと思った。
そぞろ歩きの進路をかえるためきびすを返したところで、身をすくませた。趙雲が立っていた。



宴のこととて、ある間隔ごとにたいまつを燃やしている。炎のそばに将はいた。武袍に縫い取った文様が朱色の焔できらきらと輝いていた。武人の表情はなぜか冷たかった。眉目がするどく尖り、引き締まった口もとに笑みのかけらもない。武具はまとっていないのに、ゆれる火影のせいか体躯がひとまわりも大きく見えた。

心底からうとましがっているような表情を見せ付けられて、孔明は不安におそわれた。
おもえばこの人のこんな様子を何度見たことだろう。
感情をかるがるしく表に出すような男ではないと熟知してるだけに、不愉快げな表情が痛かった。
立ち尽くす孔明に、趙雲はあきらかな侮蔑を浮かべた。
「遊女はどうなされた。ご一緒かと思いましたが」
冷えかけていた身体が、凍りついたように感じられた。
このひとは、あの女人を追ってきたのだろうか。


唐突に腕をつかまれた。髪が頬にふれた。背に欄干とおもわれる木材の感触があって、そこに押し付けられる痛みに気をとられると、ぐいと違う方向に押しつけられた。つまり、彼の体躯のほうに。
なにをされているのか脳がしびれてしまって判断がつかない。
ただ、この場所が廊下であるという意識だけが強かった。
ほとんど無意識に厚い胸板をおしやる。力ではまったく叶わないはずであるのに、体躯はすこし離れていった。

「・・・拒み、ますか、今夜は。・・・女とどこぞで、待ち合わせを?」
「・・・・・・・」
見下したような表情が胸を突いた。
何故このような屈辱を受けなければならないのか。
それに・・・、趙雲のほうこそ、袍から、妓女のものと思われる甘やかな香を漂わせているのに。

「それは、今夜私が共にいた女人のことを言っておられるのなら、彼女はもう帰しました」
言ってから孔明は唐突に、彼女に何も与えなかったことに気づいた。

遊女は客と寝るのが仕事―――連れ立って宴席を抜けた時点で、彼女はそのつもりであったかもしれない。寝ても寝なくても、彼女に相応の金品を渡すべきだったのだ。
今夜の稼ぎが無いと、彼女は遊郭の主人に、責められるのではないか。
客から金を取りそびれた遊女が、雇い主からどれほど惨い折檻をされることか。

「趙雲殿」
「―――なにか」
「あの遊女と、懇意と伺ったのですが、まことでしょうか?」
「・・・・・・それが、なにか」
「でしたら、彼女のいる妓楼などもお分かりになるのでしょう・・・?教えていただけますか?場所と、遊郭の名と、それから・・・あの女人の名を」
「・・・・・・・・・・・教えたら、どうされます?」
「今から、・・・行きます」
「――――・・・・・・」

くく、と喉の奥から漏れたような笑声が聞こえた。 ひどく獰猛で酷薄で、あきれ果てたような声に聞こえたのはおそらく気のせいだろう。

「あの女人でしたら、すでに他の男を客に取っているでしょう。なにしろ、品行方正な軍師殿が酒席の相手をさせた女だ。諸侯の興味を引かぬはずがない・・・・・今頃はどこぞの閨で男に組み敷かれているのではないですか」

「・・・・・、そんな」
孔明は眉をひそめる。
あれほど趙雲を恋うていた女人が、同じ城内にいながら他の男に抱かれているのだとしたら、――――哀れだ・・・・。

「2、3人の相手をしておるかもしれませぬな。―――軍師殿、今から行かれて、列に並んで順番待ちでもなさいますか」
「―――――・・・・っ」
孔明は、よく分からぬ衝動に駆られて手を上げた。
非力な文官の手である。しかし何故か、その手はかわされることもなく、この上もなく精悍な武人の頬の上で、破裂音を立てた。






打たれた趙雲よりも、打った軍師のほうがよほど驚いた顔をしていた。

趙雲は無言のまま、うろたえた表情の軍師を引きずるようにして庭におろし、手ごろな立ち木に押し付け、くちびるを奪った。頭部のうしろに回した手のひらで頭全体を覆うように力づくで上を向かせて、強引にくちづけた。それだけではあきたらず、頭部を押さえているほうではない手を伸ばして腰をまさぐり、帯を解いてゆく。

「・・・止め、・・っこんな、所では・・・」
「―――――」
まずは飾り帯を。そして外袍を留める広幅の帯を。その次は内衣にまといつく細帯を。
複雑に見えて、文官衣の構造は単純だった。まるで男に脱がされるためにあるかのように。
くちびると身体を密着させたまま、切れ切れに吐き散らされる息まで呑むように吸い、追い詰める。

「待ってください、趙雲殿・・・っ」
顔を振って拒み、ほとんど反応を帰さない軍師が、耳を舌先で弄ると、はじめて反応らしい反応を見せた。ここが弱いのかと趙雲はどこか醒めた頭で考える。この軍師の弱いところなど知らない。だがこの場ですべて暴けばよい。

下帯に手を入れると、息をのむ気配がした。かまわずに下帯を分け入り手をもぐりこませる。
「ゃ、・・・ぃや、」
布越しに触れた膨らみはまだやわらかかった。ふっと、短く鼻で嘲笑った趙雲が、布越しに、形を確かめるように撫ぜる。
「・・・・・・・・・・っ」
拒絶の言葉ばかりを小さくつむぎだしていた喉が震え、絶句する。信じられないというように見開いた黒眸が、おびえたように見上げてきたのを、趙雲は無表情に見返した。

「お願いです・・・・ここでは。せめて居室に」
「―――――」
なるほど、このようなことは、灯りをおとした居室でなされるのがふさわしいのだ。
だが、今宵にかぎって趙雲にはそれがひどくつまらぬ行為に思えた。
灯りを消して恥らいを隠して安堵を与え、手ごろな愛撫で互いに心地よく快を与え合い―――だがそれがなんになる?そんなぬるい行為で、この人のなにを奪えるというのか。なにを刻めるというのか。



普段からは考えられもしない手荒さで樹木に押し付けられ、手が幾重かかさなった衣を左右に押し広げる。無遠慮に裾を割られて、孔明は絶句した。
(なにを・・・)
声を上げる気力もない。趙雲はおそらく自分を陵辱しようとしている。これほど嫌だと、場所を変えてくれと懇願しているにも関わらず・・・・・場所を変えれば応じると、言下に哀願しているにも関わらず。
(なんなのだろう、これは・・・)

「・・・・ぃ・・や」
小さく漏れた声は、重なってきたくちびるに遮られた。頭を振ろうとしても戒めは解けない。左の手で頭部を押さえられ、片方の手は襟の開いた首筋に落ちた。

くちづけの合間に目が合ってぞっとした。趙雲はおそろしいほどの無表情で、まるで獣のように何一つ見逃さないという酷薄な視線で此の方を見下ろしていた。
醒めているようにも、苦しいほどに熱いようにも見える視線。

引き寄せられてびくりと身体を震わせる。
いつのまにか帯がなくなり、衣の前が開いている。引き寄せられれば素肌が趙雲の礼袍に密着した。袍の表面の刺繍がざらりと異様な感触をつたえてくる。

頭部を引き寄せられ口を合わせ、乱れた息までも呑むように重ねられる。無理やり含まされた舌が、咥内をじっくりと蹂躙し、どちらのともつかない唾液を呑まされた。
うなじの後ろから背をすべりおりて上下していた手が、開いた前にすべりこみ、胸にある一点を刺激する。指をあて、つぶすような動きで練りこんでくる。

女ならば乳房への愛撫で蕩けはじめるのかもしれないが、孔明には違和感しか感じない。しかも女のように扱われている屈辱がどっと沸いてきた。

ぶるりと嫌悪が背を震わせたのを敏感に察したのか、趙雲はそこを執拗に弄りはしなかった。嫌悪があらわれた孔明の表情を見下ろすと、あっさりとそこから手を外し、雄のもっとも敏感なところに手を這わせはじめる。

趙雲の手がことさらゆっくりと、残酷なほどゆっくりとそこに手を入れるのを、孔明にはどうすることもできなかった。
包みかくす布を押しのけ、じかに触れ、やんわりと包み、ゆるやかに揉みしだく。
「・・あっ」
包まれた手をじっくりと動かされて、快感としかいえないものが走り抜けた。
手のひらと指先がうごめくのと合わせるように、趙雲のくちびるが耳を這う。
「ぅ、あ・・・っ」
耳に舌を差し込まれて、孔明は思わず声を上げた。

宴席からは離れている。だが、宴席のざわめきは風にのって時折とどく。広間の賑わいが聞こえてくるということは、こちらの声も向こうに届くかもしれない。
豪族・諸侯をあつめた宴とあって、警備もでている。
こんなところを、誰かに見られたら―――

「お嫌であるなら、声をお上げください、軍師殿」
孔明の危惧を見抜いたように趙雲がいう。
「声の限り助けを呼べば、警備が気づくでしょう。もっとも」
趙雲は嘲笑すら浮かべず、無表情のままに言った。
「警備兵などに、俺を止められはしないでしょうが。主君が駆けつけでもしない限り、俺は止まりませんよ」
「・・・・・・」
返事もできない孔明の片足を強引に掴み、すこし持ち上げる。体勢をくずした孔明は樹木の幹に半身をあずける形になった。

信じられぬものを見るように物言わぬ視線から目をはずし、趙雲はゆっくりと身体を下げた。
花芯は衣の間で震え、あまり反応はしていなかったが、先端がすこし濡れてはいた。濡れた部分にもっと濡れて、ぬるりと生温かいもので包みこむ。

「っ・・っ・・ん ・・っ」
自分がどんな恥ずかしい姿をしているのか考えただけで惑乱しそうだ。先端に開いた裂け目にそっと舌を入れられ、裏の筋にそって舌を這わされる。
孔明は樹の幹に半身を擦り付けて喘いだ。思わせぶりにくちびるが触れ、咥えられて吸われ、濡れた音が耳を犯す。
「ぁ・・・ぁ・・っ」
喉の奥で声を押し殺し、無様に喘ぐしかできなかった。声を抑えるため樹の幹に爪を立てる。きしりと樹が鳴いた。

なぜこの爪を男に対して用いないのだろう。死に物狂いで暴れれば、逃れることも不可能ではないだろうに。
だれよりいとしい人に、こんな野外で樹に押し付けられ無理やりのような快を与えられているのは、なぜなのだろう。
見上げた夜空に、星がかすんで見えた。





軍師が嫌がっていることが、なおさら趙雲の情欲をあおった。

嫌がっていても口に含んだものは反応を返し、口を離せばおのれの唾液にまみれて膨張した花茎が勃ちあがっている。茎を包んで上下に扱き、頭を指の腹で練るようにこすり、口のひっそりとひらいた部分に指先をあてると背がのけぞった。扱くほどに指先にぬめるものがまといつき、押さえているのだろう声が喉の奥からこぼれ出る。

ひざまずいて奉仕していることにさえ、何も感じない。別に隷属させられているのではないのだ。そしてどれほど快を与えようとも、彼を隷属できるわけでもない―――

手の動きを強め、また弱め、速くしたり、またじっくりと擦ったりもする。強弱をつけて根元から頭までを行き来させると、樹に寄りかからせて立たせたままの脚が引きつるように強張る。
立っているのももう辛いのだろう。聞こえてくるのは嗚咽まじりの喘ぎだけだ。脚がびくりと引き攣るたびに、震える花芯からふるりと愛液があふれるのが、ひどく可憐だった。

がくがくとゆれる膝を支えて、ふたたび花茎に舌を這わせ、ことさらゆっくりと咥えて喉の奥へ導いていく。
「・・っぁ、あ、・・・あ!」
身体全体が痙攣しはじめたのを感じて、趙雲は口からそれを出した。ほころんだ先端に結んだ露を舐めたのを最後に、身体を起こす。

息を呑んだ軍師が顔をそむけた。
目は潤み、唇は震え、吐き出される息は短く荒い。
その表情を見ようと顔を寄せるが、軍師は目を閉じ、肩に顎がつくかと思うほどに顔をそむけてうつむいている。表情は苦しげで、今にも達しそうなほど情動を腰にかかえていながらも、あくまで趙雲を拒んでいるように見えた。

広間での宴はまだ続いているらしい。またどっと座が盛り上がる気配が届いた。
趙雲は目を閉じてじっと身をすくめている軍師を見下ろす。いかめしいほどであった衣袍が無法に乱され、前がひらいて下肢までも夜気にさらされている。

趙雲はその背に手をまわし、引き寄せた。達する寸前まで追い詰めたせいか身体がひどく緊張しているが、軍師は趙雲の背に手を廻したりはしなかった。恋人同士ならば当然そうするはずであるが・・・と自嘲しかけた趙雲はすこし驚く。背に手を廻してすがりついてこそしなかったが、軍師は趙雲の胸につよくその身体を押し付けたのだ。愛撫に高められた興奮を逃がすように息を継ぎながら、宴席のためにしつらえた灰青の武袍に手を掻け、握り締めて。

動きをとめた趙雲は、軍師の頬に手をあてた。
おずおずというふうに軍師も目を上げ、視線が合う。
趙雲は一瞬、軍師の視線の中になにかを見た気がした。

胸に――心臓にむかって一直線に突き刺さってくるような何かを。








(2014/5/23)

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