趙諸(無双)/蜀

 


この部屋の主はあまり汗をかいたり、顔を上気させたりするたちではない。
それでも湯浴みを済ませたあとなれば、白皙の容貌もさすがにゆるんで、くつろぐ様子が見受けられた。
湯上りで火照った身体をさますため薄く窓を開けて風に入れつつ、寝酒を嗜むことになったようだ。

「この酒は如何ですか?」
酒を持ってきた武将は、そう聞いた。
「完璧なまでに私の好みに合う酒です」
返答に、武将は切れの長い目を細めたようだった。





「『孔明殿、と字でお呼びしても宜しいですか。私のことは子龍と呼んでください』―――あれは別に下心があったわけではなくて、社交辞令の範疇だったんです。まあ、新しい軍師と親しくなるというのは私の中で重要なことではあったのですが。それで貴方のお答えは―――」

出会って間もないころのことが、話題にのぼっているらしい。
まろやかな味で、つめたい舌ざわりの酒は、滞りなくどちらの喉にもすべり落ちていた。

「『どちらも望ましい事ではありません。私は公的な場では将軍とお呼びいたしますし、将軍と呼ぶのが相応しくない場があるとすればそのときは趙雲殿とお呼びするでしょう。貴方は私をどうお呼びになろうと構いませんが、希望を申しますと役職で呼ばないときは諸葛亮と呼んでくださると助かります』―――でしたね」

「そうでしたっけ・・・」

すうっと白い手が動いて、どちらの杯も酒が満たされた。

「同じことを伺えば、今でも望ましくないと返答されますか」

「はぁ。たぶん・・・」

「それはどういう理由からですか?」

空いた酒杯に、こんどは武人が酒をそそぐ。

「・・・軍師ですから。人との付き合いにけじめをつけるのは当然のことと思います」

「なるほど。尤もなことですね」

この武人の笑んだ顔というのは、凛々しさも感じさせるが、おなじほどに艶も感じさせた。

「けじめとはどのような?たとえば・・・そうだな。公務での付き合いと私的な付き合いを厳正に区別するというところですか?」

「・・・・・そうですね。そのとおりです」

「ではお伺いしますが、たとえば私とこうして飲んでいることなんかは、軍師殿にとって公務か私事か、どちらにあたるのです?」

「・・・・・・・・・・私事でしょうね」

「そうですか。・・・・・・・私事であるならば――――軍師・・諸葛亮殿、大丈夫ですか?」

「はぁ・・・・すこし身体がふわふわいたしますが。大丈夫です・・・・・」

「・・・ならば話を続けますが―――この場が私的なものであるば、呼び方も私的なもので構わないでしょう」

「・・・・・そうでしょうか・・・・」


話しながら武将は、髪をくくっていた紐を解いた。
風がいかにも心地よいという風情ですっと髪がながれる。
気性と同じなのか、黒い髪は真っ直ぐである。その髪は纏まっているときは凛々しさを感じさせ、肩に散ると艶やかさを感じさせる・・・・

「けじめをつけるということは、公と私をはっきり分けるということでしょう。貴方が軍師、或いは諸葛亮と呼ぶことを私に求めるのが公的の場においてのことだとすれば、私的な場である今、私が貴方を軍師殿、或いは諸葛亮殿と呼びかけることは、公と私を厳密に分けていない、ということになりませんか」

「・・・・・・・そうでしょうかねえ・・・・・・」


公と私を分けるのに厳しいだけあって、公を離れて私的な空間でくつろぐ軍師は、あまり頭脳を働かせていない。酒を嗜んでいては、なおさらのこと。

「ではやはり、公と私をきっちり分けるためには、私は貴方を孔明、或いは孔明殿、と呼ぶしかないでしょう?」

「・・・・・・は、あ・・・・・・・・・・」

洗いたての髪を梳き流して風になぶらせ、目も半眼であったり、閉じていたり。ときおり杯をふわりと口に運ぶ。それも途切れがちで、なかば酔夢に引きずられているようだ。

もう、ひと押しかな。趙雲は艶やかに微笑んだ。

「では、これからそうお呼びすることにします」








鈍感な相手に恋を伝えたい5つのお題
01:まずは名前を呼ぶことから←←←僕だけの特別の呼び名で


青鎧さん、鋭意口説き中。
青鎧さんが髪を解く姿はたいそうえろいに違いない。
無双5イメージです。ゲームは持っていませんが、ブック○フの入り口にばばんと看板が置いてあって、趙雲かっこエエなぁ・・と通るたびに思います。    

(2008/5/2)

≪ 一覧に戻る