藍は青より-白猫  趙孔(私設)

 


軍師が猫とたわむれている。
白く細い毛を生やしたしなやかな肢体に、切れ長の双眼が宝玉のようにきらめく。たいそう美しい仔猫だった。
「どうなされた、軍師、それは」
「以前、豪族の屋敷に招かれましたところ、生まれたばかりの仔を見せられたのが、あまりに愛らしくて」
「所望されたと?」
「いいえ。その時はまだ目も開かない小ささでしたし。可愛いですねと褒めただけだったのですが、・・・今日、贈り物といっしょに届けられました」
見れば綿でつくられた柔らかげな寝床があって、猫の瞳と同じ色の玉飾りが揺れている。
そしてこちらは人間の礼装用であるのだろう白絹で仕立てた見事な長袍に、やはり猫と揃いの色の佩玉。艶やかにきらめく玉は驚くほど大きい。なんとも贅沢で風雅な献上品だ。
猫を飼育することは王侯の宮殿でも庶民の家でも行っている。外に出さずに愛玩するもよし、また書庫や厨房の鼠番としてもよい。

軍師の飾り刺繍のついた襟に爪を立ててよじ登ろうとしているのを好きにさせてやりながら、白い頬をよせて毛並みをめでるように頬ずりする様は、ほほえましい。
周りの侍官がそわそわ、はらはらしているのに、趙雲は苦笑した。
うるわしい膚に傷でもついたら、という心配とともに、何というか、―――同種なのだ、軍師と猫という組み合わせは。

(猫のようなところがあるものな・・・)
特に、閨では。猫のように舌足らずに鳴き、甘えてすり寄ってくる。
あまり執拗に構うと爪を立てて逃げ出すのも同じ・・・。
甘く不埒な回想をひっそりとした笑みで隠した趙雲は、用件であった軍令書を卓に置き、退室した。




その夜。趙雲はおのれの寝台に軍師を迎えていた。猫もいっしょに。
「離れなくて」と軍師は申し訳なさそうに言い、趙雲の了承を得ると白猫とともに趙雲のしとねにすべりこんだ。
白猫は趙雲の寝衣の襟にかりかりと小さな爪を立て、軍師は軍師でひかえめにだがその実嬉々として趙雲のもとより無造作にはだけた、鍛えた胸に頬を埋めた。
まるで白い猫二匹になつかれているようだと、頭の後ろで手を組んで仰向けに横たわった趙雲はおもった。
そういえば、普段もそうかもしれない。
鍛え抜かれた猟犬、もしくは猛々しい獣といった外観の屈強な武将たちを従える軍師はというと、高貴な猫のような様相なのだ。

「将の胸ってすごく堅いものだと思ってたのですよね・・・でも力を抜いているときの子龍殿の胸って、けっこう柔らかいですね」
「そうか・・・」
「人に聞いたのですが、――なんでも鍛え抜いた男の胸筋って、猫の肉球のような感触なのですって?」
「なんだって?」
そのような馬鹿げた話、聞いたこともない。
軍師がくすくすと笑う。解いた髪や吐息がかすめるのが、くすぐったい。
趙雲の胸にもたれたまま、軍師は猫をつかまえて抱き上げた。猫はきょとんとして、四つの脚をびろんとあられもなく広げている。
趙雲は片手を伸ばして前脚の、うす紅色のちいさな肉球に触れた。
ふに、という感触が一瞬伝わったが、すぐに仔猫はふぎゃあと鳴いて毛を逆立て、趙雲の手指を引っかく。困ったようにすこし眉を寄せた軍師が、甘やかな声でたしなめた。
「子龍殿・・・。そこは敏感なところなのですよ。触るならば、やさしく、そっと。情愛をこめてさわってください。・・・やさしくさわると、気持ちよくもなりますから」
「・・・・」
お前みたいだな、と言うのは、語弊がありそうなのでやめておいた。

仔猫はあまえるようになぁなぁと鳴いていたが、やがて軍師の胸にうつ伏せて眠った。
そろりと撫でると、白い毛は細くやわらかく、ふわりとしている。
「似ているかと思ったが、毛並みは違うな」
濡れたようにしなやかな指通りである髪状を思って、つぶやいた。
「何と、似ているのですか?」
眠った仔猫を起こさないよう軍師も声をひそめてささやく。
「お前と――」
「私?・・・共通点なんて無いと思いますが」
こんなに小さくも可愛くもないですよ、とちいさく笑ってみせる。
それには答えず、趙雲は解き流した黒髪ごと頭部を引き寄せて、口づけた。ついばむようなやさしさで重ね合いながら、丸みを帯びた肩を撫で、腕に触れ、背から腰までのしなやかな線を撫でおろす。
触れたところの体温がいとしい。
「・・・孔明」
呼ぶと目が合い、夜空のように黒い眸にやわらかな笑みが浮かんだ。
高貴な、しろい猫。いや本性は竜なのだろうが。
浮かんだ思いに趙雲は目を伏せ、ゆるく笑った。
「どうされました、子龍殿」
「いや・・・」
もし、おまえが猫だったら。
鎧の内側に入れて、常に胸に抱いておくものを―――


 











(2017/12/18)

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