秘密 趙孔(無双)*特殊設定 |
特殊設定オメガバース&三国志ファンタジー 1 序章 頭の芯で鈍痛がやまない。喉もひどく痛む。 ひそかに侍医を呼ぶと、「風邪ですな、丞相」とあっさり断言され、その場で――つまり私の部屋で、薬草の調合がはじまった。 苦みのある青臭い匂いが、鼻の奥をつんと刺激する。 秘密にしてもらえますか、と頼むと、宜しいですよ、見舞客が押しかけてもお困りでしょうから、という返答だった。 ですが、蒼龍殿はお気付きになるでしょう、と医師は肩をすくめる。 裏付けるように、足音が聞こえた。 「孔明殿・・!」 大事ありませんと言おうとしたのに、喉が痛んで声が出ず、かわりに空咳がこぼれ出た。男らしく整った清冽な容貌の眉が寄る。 働きすぎです。夜は休まれていたのか。食事をちゃんと摂っておられなかったのでしょう。まったくあなたは、いつもそうだ。 お説教が身に染み入る。薬草を煎じる医師が笑いに肩を震わせている。もっと言うてやりなされ、将軍。 出来上がった薬湯を渡され、苦いですかな?と聞かれるが、味は分からない。お風邪は身体が休養を求めているのです、長引かせるよりはまずは一日お休みくだされと言って、道具を片付けた医師は退室していった。 さあ、お休みに、と背を押されるようにされて、寝台へ。褥の中に押し込められる。 「傍におります」 布団の中でそっと、手を握られた。堅くてたのもしい武人の手。 身体も脳芯もふわりとゆるむ。 「何からもお護りいたしますゆえ、お休みください」 目を閉じるとすぐに、夢もみない眠りにひきこまれた。 2 水のそばで 水の気配は心を落ち着ける。 書など、どこでも読めるでしょう。なぜ抜け出すのです。 昔は、よく叱られた。今も昔も護衛をつとめてくれる彼の言い分も、分からないではないのだが。 風が吹いて、黄葉した葉がはらりと舞い、水に落ちた。 書から目を上げると、穏やかな秋の青空が広がっている。透明感のある青。泉は風が波紋をえがき、青と碧のはざまで揺れている。 私はその色に彼を連想した。水のように清冽な色彩の鎧をまとう、我が番(つがい)のことを。 書をそばに置いて寝転がると、空がますます青かった。 空が澄んでいて、穏やかですこし淋しい、秋の夕方。もうすぐ休日が終わる。 熱い茶が飲みたい、もう戻ろうかと思ったちょうどその時、さくりと落ち葉を踏む音がした。足音でさえも武人らしく隙がなく、それでいて静寂を乱しはしない。 「身体が、冷えます。そろそろ、お戻りに」 草のしとねに横たえていた身体を起こした。彼が身をかがめて、手を伸ばしてくる。私の髪についていたらしい淡い黄色の落ち葉が、その指先に摘ままれた。葉脈が透けて不思議に美しい。 彼がそれを風に飛ばそうとしたので、私は手を伸ばし、彼の手ごとその葉を包み込んだ。 「何か?」 「葉脈が美しく、捨てるのが惜しいのです」 彼はくるりと指先で葉っぱを回し、まじまじと葉を見て、なるほど、とつぶやいて、もう片方の手で私の髪に触れた。 まだ何かついておりますか、いいえ、というやり取りのあとで、ゆるやかに唇が重なった。 触れ合わせてやわらかく重ねる、静かな口付け。 頭部から手が離されて、手が触れ合わされ、指先同士が絡まる。 泉から離れて、城に向かう。 熱い茶がのみたいとつぶやくと、そうですか、と彼が答える。 茶を煮ている間に、彼が持ったままでいた淡い黄色の葉をもらい受ける。 私はそれを、書物のあいまに挟んだ。 3 夜に 普段ならば夜と朝はつながっている。 夜、目を閉じると意識が遠のき、気が付くと朝になっている、ただそれだけのこと。 彼がいるとまったく違うものになるのが不思議だ。 子龍は壊れものに触れるように私を抱く。うやうやしく手を取られて褥に導かれ、ふぅっと器用に吐き出された息によって明かりが吹き消されると、やわらかな夜につつまれる。 大きな温かい手のやさしさと裏腹な、欲にまみれた瞳が実のところ好きであったりする。 「孔明、どの」 情欲を宿し、熱を孕んで甘くかすれる声音。 長い指で愛撫を行い私の反応を引き出し、私の反応によって熱量を増してゆく彼の情欲。 戦うための体躯が汗ばんで、匂い立つような雄の色香を放つ。 彼を確かめるために手を伸ばすと、それ以上の力で抱き返される。明確な情欲をともなった二本の強い腕に、掻き抱かれ、唇が濃厚に重なる。触れあわせ、舌をくぐらせ、吐息が呑まれる。 垣間見える、独占欲。 多言ではない彼から、目で声で全身で訴えかけられる想い。 ものを欲しがらない彼の、執着を、いとしいとおもう。 4 朔(さく) 彼が残した熱が、からだに残る。 残滓はきれいに拭われていても、消せないものがある。 執務につきながら、ときおり体芯の疼きをもてあまして、息を吐く。 体表には痕を残されていないというのに、あからさまな刻印を押されたようだ。 昼餉を勧める近習に、すこし休みます、と断り置いて立ち上がると、戸口に姿の良い長身があらわれた。 薄氷を浮かべた湖面のような色合いの鎧が目を惹く。 「あの・・」 歯切れが悪い。ちょうど昼の休憩の時刻であり、文官たちが退室していく。 ふたりで残されるとしばしの沈黙が落ちたが、言いにくそうに、彼が口を開く。 「匂いが、」 少しの混乱と、納得。 発情の時期が早まった。昨夜の交合がきっかけになったに違いない。 唇を動かさずに彼のあざなを呼ぶと、まっすぐに伸びた彼の背がしなった。 見詰めあうと瞬時に世界が消えて二人だけが取り残される。くらりと視界が揺れて、体に力が入らない。崩れ落ちて膝をつく直前に、抱きとめられた。 ざわざわとしたざわめきが遠くに聞こえる。薄膜を隔てたように遠い。近く感じられるのは彼の腕の強さと、鋼鉄の鎧を隔てても感じ取れる彼の鼓動だけ。 「丞相は朔(さく)に入られる。殿に伝使を」 褥に降ろされる。朔の期間だけ篭る離宮の。 「鎧を、」 はやく。苦しくて訴えると、彼も苦しげにお待ちを、つぶやく。 手甲、肩当て、革帯に胸を覆う大鎧。戦闘のための装備を外すのに気の遠くなる手間がかかる。息が整わず、心の臓がこわれそうに脈打つ。はやく。 ようやく薄衣になって寝台に乗り上げた彼に掻きつく。熱い体躯に理性がかすんで、彼の喉に、指を伸ばした。 そこに触れると彼の体躯が身じろぎ、息が乱れる。 私たちの喉には、逆鱗とよばれる急所がある。そこに触れることが許されるのは互いの番だけ。 その場所に口をつける。舐めて噛むと、彼がひくくうめいて性急なしぐさで褥に降ろされた。彼の頭部が下がり、唇が喉にふれただけで背がしなった。喉の急所を執拗に舐められ、音を立てて吸われる。 あ、あ、とたよりない喘ぎがもれる。身体の奥底が潤みをおびて彼に篭絡されていく。 両の腕で拘束するように抱き、彼は私の急所を執拗に舐める。 私の衣服をゆるめ、手がさしのべられる。奥処は潤んで濡れ、柔らかくほどけて彼の指先を呑み込む。奥へ奥へと誘い込むように。 引き攣るような泣き声のような喘ぎをもらすと、彼も潤みを帯びた息を吐き出す。奥処でしばらく蠢いていた指が抜かれると、彼の体躯がのしかかってくる。 「あなたは私のものだ」 くらりと眩暈がして、最後の理性が本能に呑まれた。 5 秘密 この世には龍の血を引くものが存在するのは、誰でも知っている。人のなかに龍の血を能力として顕在させる者――通称として「龍」と呼ばれるものが実在することもまた、よく知られた事実だ。 大部分の「龍」は戦闘に特化した身体を持つ。天賦の才と頑健な体躯を持ち、身体能力が高く剛力で、動きが速い。風や火、水、土の加護を持ち、それらを操ることで武力を増大させ、世人に尊貴な武人として敬われる。 例外であるのが、白い龍。 頑強な龍のなかでは異例なほどに脆弱な肉体をもって生まれ、長じても特別な身体能力は持たない。 白龍の能力は特殊で、稀有なもの。 自然と感応して大地を育み、そこに暮らす生きものを癒す。この龍の力の及ぶ地は天と大地がやさしくやわらかに生きものをはぐくみ、穏やかな気候と豊かな実りをもたらす。 君主は龍を求める。自らの理想とする統治を叶えるために、力をもつ龍を武将として召し抱え、重用し、戦により領地を増やす。 だがあらゆる龍のなかで天地と感応する稀少な白い龍をこそ、君主は求める。 だからこそ、白龍の存在は秘密にされる。 そのような龍がいることすら知っている者はすくなく、実在の白龍を目にすることも、それを従えることもまた稀有なことだ。 白い龍の秘密はそればかりでなく。 大地を育む白龍は龍の子を孕む性。雌雄同体の特殊な生殖を有し、数か月に一度の発情期をもつ。それを癒せるのは同等以上の能力を有する龍だけであるとともに、発情期の白龍の放つ芳香はほかの龍の性欲を誘う。 それを抑えるのは、番と定めた龍と、性交することのみである。 成都に、雨が降る。 西方の賊との小競り合いに兵を出していた閃光を司る黄龍は、槍をおさめて空を振り仰ぐ。 「蒼龍の結界?―――朔か?」 白龍の発情を、この国のものは朔(さく)と呼びならわす。 龍以外のものは発情を知らない。体調を崩し静養していると思っている。 「はぁああーすっごい独占欲だよねえ。近寄らば斬るっていう気迫を感じるなあ」 風を操る緑龍が、風で飛びそうな帽子を押さえる。 宮城では、龍の末裔である君主が執務の手を止めた。 「朔か。―――国境の守りを固めよ。宮城の守備を増やせ」 朔の間は、白龍の守護が薄くなる。またその発情が他国の龍を招きかねない。 君主のかたわらでは大地の力を宿す黒龍が、毒をふくんだ皮肉げな笑みに唇を歪め、持った竹簡で肩を叩いた。 調練場の隅では雷を行使する若い紫龍が、降り注ぐ雨をじっと見詰めていた。
(2019/10/20)
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