恋と欲の不可解な交錯点  趙孔

 



夢を見た。
男を組み敷いていた。
この世にある叡智というものを集めた結晶とでもいうような姿をしたやつを。
場所はというと自身の簡素な寝台の上で、自身の雄芯をそいつのなかに埋めて良いように揺さぶっていた。
おぼろげに霞んだ、あいまいで不明瞭な夢だった。

目が覚めて、なんという夢を見たのだ、とぼんやりと思う。
嫌々目を開けると、下肢に違和感がある。久しく他者と触れ合っていないし、自身での処理もしばらくしていない――ゆえのただの生理現象……ということにしたい。
はぁと息を吐いた趙雲は身を起こし、夜着のなかに手を入れた。
利き手で竿をこすり指先でゆるやかに先端をこねるようにすると慣れた快楽が湧いた。手のひらで全体を擦って勃起させ、先端をいじって溢れてきた体液を竿にすりつけて刺激を強くすれば、脈打ってさらに硬さが増してくる。
いつもより遥かに感覚が鋭いのは、気のせいか、いや。
そのままこすりたてて適当に放出して始末をつければよいだけだ。というのに、脳裏の中で像が浮かび始めている。ぼんやりとあいまいに霞んでいた夢の中の行為が、鮮明なものとして。
賢しらで自信ありげな微笑を常に唇に浮かべ、それだけではない優しさや人が生きるゆえの哀しみを知る表情を持つ。どこからどうみても聡明である印象を人に与える、柔らかさと硬さとを併せ持つ美貌。

人見知りをするくせ、趙雲にはすぐになついた。
頼りにされている。まるで兄のように信頼されている。
あれを組み敷いて、犯す――?考えるとぶるっと背筋が震えた。

よせ、やめろ。考えるな。

切実な意志とは逆に脳内で彼とのいかがわしい行為が進行していく。
犯すではなく、抱くのがいい。あいつは。愛撫を与えて感じさせれば、どういう反応をする?
思い浮かべると雄芯全体に強い快楽が奔った。背筋を駆けあがる衝撃にも似た悦だった。声を出しそうになって意識して口をつぐむ。たかが自慰でこんなに激しい快楽を感じたことはない。

奥歯を噛み締めてじわじわと擦ると性的な悦楽が脳を染めるとともに、謂れのない想像が意図せずにきわどさを増していく。
男に押しひしがれたならば、彼はどのような表情をするのか。あの繊細な眉を嫌悪にしかめるのか。まあ嫌がるのが普通だろう。それを組み敷いて愛撫と快楽を与えれば――喘ぎを漏らすだろうか。
体液がとぷりとぷりととめどなく溢れて水音を立てるのをしごきたてて吐精へと導いていく。腹の奥がしびれるような甘い疼きに身を任せて、不埒な想像の中で彼を犯して逐情するさまを模して先端を握ると、とうとう絶頂がやってきた。
意識して噛み締めていた唇をほどき、荒く息をつく。
手のひらは出したばかりの精で汚れている。久しかったせいかどろりと濃いそれがおのれの情念そのもののように思えて、趙雲は息を吐いた。

我ながら――・・・
ずいぶんと厄介なものを欲しいと思ったものだ。
どうしたものか。
布を出して始末をつけてから寝床から立ち上がり、朝の身支度をはじめた。いつも通りの手順なのに、いつもより手間取った。
幅広の腰帯をきりりと締め上げても気が引き締まるどころか、腰奥が不穏に疼いて思考が乱れる。


趙雲は自分が、手に入れるのが面倒なものを追うことに愉悦を感じるような性質ではないことを知っていた。
それでいて。
どうしても手の入れたいものは、どんなに面倒でも厄介でもどこまでも追うこともまた、知っていた。






「おお、子龍。おぬしに、み」
「断ってください!」
どこぞの豪族から持ち込まれた縁談を、見合いの「み」の字が出るかどうかという速さで強く断りを入れると、主君は書簡を手に固まった。
「わ、儂はまだ何も言っておらぬぞ…!『み』としか言っておらん。なあおい、孔明!こいつはいつから人の心が読めるようになったのだ」
くい、と劉備が後ろを振り向くと、視線を受けた諸葛亮はそっけなく言った。
「主公の表情と書簡の様子なら、誰だって分かりますよ」
「これか」
花の装飾が施された文箱は、いかにも色めいた知らせが入っていそうなものだった。その中から主公が取り出して見ていた書簡も、美しい色合いをした紙だ。箱といい中身といい、縁談というよりは逢引の誘いというほうがしっくりくるような、女人の色香が漂っているような艶やかなしろものだった。

「断らないよな、子龍?」
「断ります」
「断るな!」
「断ります!」
主君はぎりっと趙雲を睨みつけた。
「一考の余地もないのか。せめて身上書きを読め!」
ほぅれ、と差し出された美麗な紙を見ないように趙雲はそっぽを向いた。紙を見ないようにしていた視線を戻し、ぐいっと主君に向けて身を乗り出す。ここではっきりと断りを入れておかねば、不意打ちに見合いだとかを仕組まれかねない。
「身上書を見てから断っては、その女性を気に入らなかったということになる。失礼だ。いかなる女性でも断るのだから、俺は見ませんよ」
「うぬぅ、こやつめ」

ぎりぎりと奥歯を噛み締める劉備からひとまず目を離し、背後へと視線を送る。
「軍師」
「なにか」
「主公は何故こんなに俺の縁談に乗り気なんだ」
「さあ。贈り物が届いているからじゃないですか?」
「贈り物?」
「ええ。ずばりお金と米」
「う」
昨年から劉備の領有する(借り物だが)土地では雨が少なく、作物の育ちが悪かった。このままでは領民は飢えかねない。
という時に、金持ちの豪族から援助が届いたのだという。もとより劉備に尊敬の念を抱く一族であった。援助の書状とは別の文箱に、縁談の書が入っていたという。
愛する民があやうく飢えてしまうところを救われたのだ。劉備が感激してしまうのも無理はなかったし、独身の趙雲に良い娘との縁をと望むのもまた親愛の情からである。

「断りにくいなあ…せめて会ってからでもよいじゃないか。どうしたものか、孔明?」
趙雲の迫力に気圧されたように後ずさった主君がまた後ろを向く。面倒事を丸投げされた軍師は、絵師が描いたように美麗な眉をわずかに上げ、ぐずる主君をなだめるように甘やかな声を出した。
「趙将軍がこれほどに固辞されているのですから、断るしかないでしょう」
「金と食糧を貰うだけもらって、あっさり断るのか?」
「と主君が言っておられますが。将軍のお考えは?」
「断ります」
「くっ」
主君は悔しそうに天を仰いだ。大げさな劉備の仕草に諸葛亮はくすりと美しい笑みを浮かべて端整な礼をとった。
「お任せを、ご主君。私から返信を出しましょう」




退室する軍師を追った。
「それほど断りにくい筋だったか?」
「まあそうだな」
ふたりきりになると途端に口調がくだけるのが、くすぐったい。
「すまぬ、軍師。なにか知恵を絞ってくれ」
「将軍こそ、なにか知恵はないのか?」
「俺?」
立ち止まって隣を見ると、少しだけ低い位置から見事な双眸が見つめていた。
あれから、いかがわしい夢を幾度も見た。
顔を合わせるとどうしても平静ではいられない。ざわつく胸中を押し殺して真顔で向き直る。

「俺に、軍師に貸せる知恵など、あるとも思ぬが」
「将軍の見合いの断りなのだぞ。将軍が縁談にまるで乗り気でないことは分かっているが……男は妻を娶って当然というのが世間の常識であることもまた事実。なにか、今回の縁談の相手も世間も黙って諦めるような、将軍ご自身の主義主張のようなものはおありではないのか?」
「…………」

無言でいる趙雲にしびれを切らしたのか、はたまた妙案などはなから期待していなかったのか、諸葛亮は無表情のままそっけなく息を吐き、
「ではともかく先程の縁談には断りを入れておく」
「軍師」
用は済んだとばかりにさっさと立ち去ろうとする人を呼び止め、園庭へ降りるように指差す。軍師は長布の裾を踏まぬように持ち上げて、庭へと続く階段を降りた。



「あなたに恋をしているのです」

たまたま下りた庭の竹林には静かな風が吹いていた。濃淡のある緑が重なり、風に揺れるさまが涼やかで、葉から透けて注ぐ木漏れ日もまた清げなものだ。
さらさらと揺れる竹葉を愛でていた軍師の動きが一瞬止まって、また動き出した。不自然なくらいゆっくりと趙雲を見上げる。
無表情ではあるが、唇の端がひくついている。あきらかに驚いている表情だ。

「……ということに、してくれないか?」

「なんだと?」
あからさまに疑っている―――というか怒りを感じているような眼差しを正面から受け止めて、趙雲は肩をすくめた。

「縁談を断るのに、相手が黙って諦めるような主義主張が必要なのだろう、軍師。俺が男を欲しいと思う性癖で、しかもその相手が、軍師である、となれば。先方は黙って諦めて、縁談話を早々に引っ込める」
「黙って?そんなはずがあるか。罵詈雑言を吐かれそうな気がするぞ、あなたも、私も」
「俺はともかく、お前にそんなことをする奴がいれば、俺が斬り捨てる。――現に、斬りそうになったことも、あるしな」

劉備と諸葛亮の仲をいかがわしい風にからかった豪族を斬り殺しそうになったことは、そう古い記憶ではない。殺気を浴びただけでひるんで黙った相手をなおも趙雲は斬ろうと殺気満々に槍を構えて踏み出そうとして、主公と軍師に止められた。
思い出したのか、諸葛亮は瞬いた。
「…あの時は驚いた」
「なにに?」
「怒ったのが、趙将軍だったので。…怒るのは張飛殿かと思っていたら、張飛殿はにやにやしていて、まるで噂を認めているようだった」
諸葛亮は目を伏せ自嘲するように唇を歪めた。

―――ああ、あの時彼は傷ついていたのか…。
主君である劉備との関係を下世話なふうに他人に貶められたことに、それ以上に、そのことを張飛がいい気味だと思うような態度を取ったことに。

趙雲はあの折、従うことを誓った主君と、主君がようやく得た軍師の仲を性的に揶揄されたから怒った。本気で斬り殺してやろうと思った。
同じことが再びあったら自分はよりいっそう怒るだろう。
主君のために。そして、――

「思う者が侮辱されれば、怒るぞ、俺は。お前を侮辱する者など、許さない。お前を何からも守りたいのだ」
「ええと、あの、趙将軍」
「という風にしよう、軍師。――俺への縁談がこなくなるまで」
「…また驚いた。意外と演技派でいらっしゃるのだな」

「俺が軍師の護衛をしているのは、よく知られていることだ。共に行動するうちに、俺が軍師のたぐいまれなる見識に傾倒し、高潔な人柄をお慕いするようになった…ということであれば、なんの不自然もない」
「そもそもの根底が不自然な気がするのは気のせいかな…」
「軍師」
ゆるく肩を抱き寄せると、ぎょっとした表情をして見上げてくる。
馬に乗り降りする介添えをしたり、悪路や治安の良くない地を共に歩む際など支えたことはあれど、肩を抱き寄せるとなるとしたことがない。

いきなり男に抱き寄せられたら趙雲だったら相手を殴り倒す。軍師も顔を引きつらせて、身じろいでいる。
「趙、」
軍師の耳元にひそめたささやきを落とす。
「客殿の方から見慣れぬ者がこちらをうかがっている。縁談を持ってきた使者では?」
「…朱色の衣を着ている若者か」
「まさしく」
「そうならば、そうだ」
「ではしばし、このままで」
無理にも離れようとするかとも思ったが、軍師はそれきり動きを止めた。寄り添う事はしないが、さりとて拒むふうでもない。他者から見れば十分男同士の逢瀬に見えるだろう。
使者に立つには不自然なほど若い男で、見につけている銀刺繍入りの着物は、使用人とは見えないほど上質だ。口をあんぐりと開けてこちらを見ているのに笑い出しそうになったが、こらえた。

さて軍師はどういう心境で趙雲の猿芝居に付き合っているのかという疑問は、彼自身のつぶやきにより解消された。
「……護衛の将が、軍師に無理強いをしていると使者に見られれば、主公が侮られる」
「なるほどな」

思慮と忠義ゆえにしばし腕の中に留まってくれるらしい軍師を、趙雲のほうから離す気はない。
俺が軍師のたぐいまれなる見識に傾倒し、高潔な人柄をお慕いするようになった。
嘘はなく間違いもない。ただ、不十分だ。大きく足りない。
軍師を抱きたいし、抱いて己がものを受け入れさせたく、泣くほどよがらせたいし、甘やかしたくもある。

慕っているというのは見合いを断る口実ではなく、真実だ。
しかしそれを口にするのは今ではない。趙雲は逃げるように去っていく使者の背を見送った。




劉備と、諸葛亮と、趙雲自身の、3通。
結局、縁談の断りを三者三様にしたためて、豪族へ返書を出した。
返答はというと、諸葛軍師と趙将軍とに会談したいというものだった。
「孔明と、子龍を?なにがしたいんだ?」
「……」
主公に呼び出された趙雲と諸葛亮は、揃って無言になり、視線を交わし、そして軍師の方から視線を逸らした。
縁談を持ってきた豪族からの使者に、抱擁を見せつけた。それによっての招待であることは明らか。
なにがしたいかは分からないが…嫌味なりと言いたいのだろうか?

劉備に協力的な豪族であり、食糧の援助のみならず過去には武器の提供も受けている。勿論、食糧や武器のために趙雲を婿に売るわけではないが、ここまで好意を示す協力者を無下にするのは得策ではない。


招待を受け、迎えに来た使者に案内されるままに進むと、雨が降ってきた。だんだんと酷くなる。
「このような大雨になるとは」
使者がしきりに恐縮するが、いまさら引き返すのも難しい雨模様だった。
案内されて行き着いたのは、豪族の邸宅というには意外なほど小さな屋敷である。
「夏の別荘として使っております」
「なるほど風流なお住まいです。これほど荒天でなければ、よい風情でしたでしょうに」
諸葛亮がにこやかに愛想を振りまく。川のそばの高台に立つ小邸は雅な住居なのだろうが、豪雨の川はごうごうと濁った泥水が流れている。

どうぞ衣服を乾かして下さいと客室に通される。
上品ではあるが、がらんとした部屋だった。使う予定がなかったか、または突然の豪雨で人手が足りていないのか。
案内してくれた侍者があわてた様子で乾いた布を持ってくる。

「軍師」
着込んだ外套に守られて衣服はさほど濡れていないが、透きとおるような白い肌に濡れた髪が張り付いていた。まず頭部をぬぐってやり、頬の輪郭に沿ってやわらかい布をすべらせる。
諸葛亮はされるままになっている。濡れた髪が目に入らないようにか目を閉じてかるく上向く様があやういほどに無防備で、思わず強く布を押し当てると、「将軍」と小さく言い目を開けた。
元より容姿の整った男だが、とりわけ瞳が美しい。整った睫毛の翳からあらわれる瞳は光を吸い込むように艶めいて深い。
やわらかい布で首に貼りついた髪から水滴をぬぐい取る。しっとりと水分を含んだ首筋からも。だいたいの濡れたところがなくなると、白い布地の合間から艶光る双眸がまたたいた。

「見張られているな。……この邸にいる間は、私たちは慕い合っているという設定を続けたほうが良いようだ」
ひそやかに言って、もう一枚の乾いた布を持って、趙雲の髪を拭こうとする。ごく親しげな仕草で。
趙雲は瞠目する。声を上げそうになって慌てて、二人にしか聞こえない音量にひそめた。
「慕い合っている、という設定?」
……というものに、いつからなった。声にならぬ声で詰問すると、星のような黒眸がぱちりと瞬いた。
「叶わぬ片恋では、縁談を断固拒否するには弱い。叶わぬ男色の恋情など諦めて、ぜひ妻を娶るべきだという理論になりかねない」
やけに自信ありげにそんなことを言う。理屈はあっている。が。
「いや、そうかもしれぬが。――お前はそれでいいのか?」
「うむ……趙将軍には世話になっているし、何度も危険から守って頂いた。この機会にわずかなりとご恩をお返しできたら、と思う」
もし趙雲の劣情を知る者がいたら、呆れて「おい軍師、そいつはあんたで抜くような護衛だぞ、とっとと逃げろ」とでも言うだろう。
あいにく誰もいない室内で、そんな真っ当な忠告を吐く者はいなかった。

居室の外にさっきからある気配は、そわそわと中の様子をうかがっている。雨天で締め切ると居室が暗いので、扉は明け放してある。廊下と部屋の仕切りに下がっている刺繍入りの上品な布の向こう側で立ちすくんでいる気配に諸葛亮は小さく苦笑し、趙雲の耳元にささやいた。
「…あなたのお見合い相手ご本人かも、将軍」
「勘弁してくれ」
床の軽いきしみ具合から女性であるのだろう。ちりちりと涼やかに鳴っている音はおそらく髪飾りか衣装の飾りの珠で、かすかに漂う麗らかな香も、召使いというよりは着飾った令嬢だというほうがしっくりくる。

「さて、どうするか」
知略を練るときのように諸葛亮は目を煌めかした。ごく真面目で、面白がっている風情ではない。身をかがめて雨に濡れた身体を諸葛亮に拭かせていた趙雲は、布の陰で嘆息した。ひそめた声でささやく。
「くちづけても、いいか?軍師」
「……いい、と言うとでも思ったのか、将軍」
「では、ふりだけにするか」
首の後ろ側にそっと手のひらをあてて少し上向かせる。首筋はひんやりとしていて、ほどけた髪はまだ湿り気を帯びていた。
「…軍師、目を閉じて」
閉じろと言ったのに、軍師は煌々と光る双眸をくっきりと開いていた。唇を耳に寄せてささやきかけてくる。息がかかるほどに近い。
「…字で呼び合ったほうがそれらしいと思う」
「孔明?」
「そう」
「孔明」
外まで聞こえるようにはっきりと言って趙雲が顔を寄せると諸葛亮はすぅっと目を閉じた。触れるかと思うほど傍に寄ると、室外からきゃあっと若い女の叫び声がして、視線を上げた趙雲と、息を呑んで身を乗り出していたらしい娘と目が合った。若いというよりは幼いと形容した方がしっくりくる、丸い頬をした娘だ。顔を真っ赤にしている。
目が合ったのは一瞬で、ぐるりと背を向けてばたばたと走り去る。ちらと見たばかりでもひらひらした桃色の着物と帯から下げた飾り珠は使用人とは思えず、ご令嬢であるのはまず間違いなさそうだった。

足音が十分に遠ざかってから諸葛亮が目を開けて首を振った。
「若い娘を泣かせるなんて、…極悪非道なことをしているような気がしてきたぞ」
「あんな可憐な着物もきらきら光る珠の飾りも俺は買ってやれん。恋情も思慕もない上に、金まで無い無骨な武者と連れ添うほうが娘にとって不幸だ」




「申し訳ございません。会談というのは嘘です。主人は参りません。妹が、縁談の相手にどうしても会いたいと言うもので」
案内に立った使者が、板間に額をすりつけんばかりに平伏して謝罪するのを頭を上げさせる。使者に立つには若い上に身なりがいいと思ったら、令嬢の兄、つまりは豪族の子息ということだ。
若者が語るのを聞けば、援助に縁談状を添えたのは豪族の妻の方らしい。どうりで書簡がやけになまめかしく女性的であったはずだ。
それも妻というのは後妻であって、亡くなった先妻の忘れ形見である娘をさっさと嫁に出して追い出してしまおうという魂胆で、強引に縁談を進めようとしているということだった。ちなみに父親の方は娘を溺愛していて、嫁には出したくないらしい。

先程の娘もやってきて、おずおずと床に膝をついた。
「お義母様は縁談にたいそう乗り気でおりまして、断られても強引に進めるつもりでおります。でもわたしはまだ結婚とか考えられなくて――ですから更にそちら様からお断りして欲しくて、兄上に無理を言ってお呼びしたのですが…」
でも、と娘は顔を上げて口ごもった。
見知らぬ場所で見知らぬ者と会っているのだから、趙雲は軍師の傍にいた。ぴたりと寄り添っているようにも見える将軍と軍師、二人の美丈夫を見比べて娘は頬を赤らめ、ぷいっとそっぽを向いた。
「お二人には、不要でしたわね。わたしが入る隙間などあるとは思えませんもの!」





豪雨で危険だから留まってくださいと懇願されて、瀟洒な客室に落ち着いた。
豪華な夕餉を有り難くいただき、すくなくとも一晩は泊まることになりそうだと、客間から雨天を見上げる。
趙雲は知らぬ場所で軍師を一人にするつもりは無く、同じ居室にいた。

諸葛亮は室の隅にあった琴を手慰みに弾いていたが、二回あくびをしてやがてうとうとしはじめた。
諸葛亮はいつも多忙を極めているから、こんなふうにくつろいでぼんやりして、夜も更けないうちから居眠りをするところをはじめて見た。
あくびをする彼をかわいいと、ひそかに笑った。今また長椅子でうたたねする諸葛亮が、首の位置が落ち着かなさそうにして眠り辛そうに眉を寄せている寝顔をかわいいなと見ている趙雲は、我ながら重症だと思いながら立ち上がった。


劉備が訪ねて行った時に昼寝していたという諸葛亮は、劉軍に加わってからというもの十分な睡眠を取れているとはいいがたい。
早い夕餉も摂ってほかにすることもない。はやく寝てしまって不都合なことは何もなかった。

「軍師、寝台へ行け」
「――うぅ……」
「少し起きて歩くだけだ、ほら」
不安定な椅子で寝るより寝台に横になったほうが遥かに安らぐのに、微睡みを手放せないこともある。諸葛亮はまさにその状態らしくぐずぐずとして起き上がらない。

趙雲は迷いもせずに、諸葛亮の肩に手を掛けた。
「…む……?」
沓を脱がせて床に放り、片手で肩を掴んで起き上がらせ、力任せに抱き上げると数歩歩いて寝台に放り込んだ。
奥の方に転がすと、驚いたように目が開いた。
「趙将軍……ああ、私は寝ていたか」
「もう寝てしまえばいい。今日すべきことはないんだからな」
できるかぎり穏やかな声で言い、寝台に腰掛けてやわらかい髪に指先を埋めて、頭部を手のひらで撫でるようにする。
普段は働きすぎで、朝から晩まで何事かの面倒くさい厄介事に没頭して休息も取らないのだ。たまにはゆっくり眠らせてやりたい。
「ああ、うん…」
諸葛亮はしばらく頭を撫でられていたが、眠そうに起き上がり、ごそごそと内衣を脱いで単衣になった。
「将軍は?」
「そのうち寝る」
寝ずの番をするほど警戒しなくてはならぬ場所だとはおもえない。眠くなったら寝るつもりだった。警護の任につく折は剣を抱いて寝るのが常だ。
「どこで?」
「別に、どこでも」
「同衾しよう」
「…なんだって?」
「劉備様の陣営は同衾大好きだってひそかに有名なのだ。私も陣営に加わって実感した」
ひそかに有名とは語感がおかしいが、実感として趙雲も分かる。劉備の同衾好きは本当だが、それがどうした。
「有名な同衾好きな陣営で、『慕い合っている』という設定の者同士が同衾しないのは、おかしいであろう」
「…寝ぼけてるのか、軍師」
そうでもないが、とあくびまじりに言った軍師は横たわり、掛け布を肩まで引き上げて目を閉じた。完全に寝る体勢だ。
「まあ御嫌ならばいい。お好きなところで眠られよ、趙将軍」
「……、――字で呼ぶのではなかったのか」
「そうだったな。おやすみなさい、子龍…」
すぅ、と安らかな寝息を立てて眠ってしまった軍師を前に趙雲はしばらく固まったままでいた。
「まいったな」
何にどうまいったのか分からなかったが、まいってしまったのは確かだった。




目を開けると夜明け直前だった。城の自室ではない瀟洒なつくりの柱と壁が目に入る。
お好きなところで眠られよと宣言された趙雲は、本当に好きなところで眠った。つまりは寝台で。要望通り同衾した。剣はいつでも抜ける位置で寝台に立てかけてある。
そして無意識に(断じて無意識だ、意識的にしたことではない)軍師の頭部を腕の中に抱きかかえていた。身体は心持ち離れていたが、なぜか頭部を抱え込むようにしていた。
なぜこんな体勢で眠ったのだろうか。誰もが絶賛する彼のすぐれた頭部こそ守るべきだと思ったのか、と考えてくだらなさに嘆息したところで、かすかにうめいた軍師が身体を寄せてきた。ぬくもりを求めるような猫のような気まぐれさで。
夜明け前は少々肌寒いといった季節であったから、趙雲は軍師の体温が心地良かったし、軍師も心地よさそうに眠っていた。
体温はひたすらに心地よかったけれど、困ったこともあった。男の生理学上の問題で、つまり朝勃ちしていたので。
通常のゆるやかな朝勃ちであれば放っておいても収まるが、やわらかい髪の毛が首をくすぐっているし肩に息が当たっているし体躯がぴたりと寄り添っているからして無理だった。

これは役得なのか拷問なのか。
まともな選択肢は一つだけだ。相手が起きる前にそっと寝台を降りて厠にでもいって処理してくること。
一つしかない選択肢をどうしてか選ぶ気になれず横たわっていると、うにうにとわけの分からない寝惚けたうわごとを吐きながら軍師が無遠慮に身体を寄せてきた時にそれは起こった。
仰向けに横たわった趙雲の上に軍師が乗りあがるように寄り添ってきて、趙雲のモノは彼の躰に潰された。
「―――、ぐ……ッ」
「…ん…あれ…あ、――」
突然の狼藉に趙雲は当然痛みを感じて低くうめいたし、軍師の方も腹のあたりにあからさまに当たった固い物体に気付いたに違いなく、寝惚けた声を一気に覚醒させ、狼狽した声を上げて趙雲から躰を離した。
「軍師。いまのは痛かった…」
「、…すまぬ、将軍、大丈夫、かな」
男同士のこういう下世話な部分を笑い飛ばして晒し合う輩も多いが、軍師はそういうあけっぴろげな性質ではなく、あからさまにうろたえていた。
常の聡明さを発揮できない様が可哀想にも可愛らしくも思えて、よからぬ悪戯心がむくむくと湧く。

「朝は勃つのがふつうなんだが、俺は」
「……あ、そう」
寝たふりをしてやり過ごそうかというような曖昧な間のあと気の抜けたような返答があり、健康なことで宜しいな、とつぶやくのに、趙雲は口端に悪いような笑みを浮かべる。
「今朝はどうもおさまらなくてな」
「…そう、」
なにゆえに、と口には出さないのは賢明だ。本能的によからぬ答えを聞くような気がして口にするのを止めたのだろう。
「軍師。――いや、孔明」
呼ぶと、顔は趙雲のほうを向いた。
「はい、将軍。――いえ、子龍」
生真面目な返答に趙雲の微苦笑が深まる。
「お前は?」
「……はあ、まあ、それなりに」
手枕をして躰を横向きにしていた趙雲は、無造作に手を伸ばして諸葛亮の夜着の前に触れた。
「な、――」
「は。お前も健康だ」
遠慮のない手でふくらみを撫でられた諸葛亮はがばっと躰を起こして後ずさりをし、無言で頭から掛け布をひきかぶり、向こう側を向いて丸くなった。

微細なほこりが微光の中に舞うなかで趙雲はぐっと距離をつめ、腕を回して身体を後ろから密着させた。そのまま絶句する諸葛亮をよそに、夜着をわずかに押し上げたやわらかいふくらみに手を這わせる。布の上からやさしく撫でさすりながら息を呑んで固まる体を抱き寄せて、耳元にささやきを落とした。
「『慕い合っている』者同士が同衾した朝にこうなるのは必然だな?軍師、いや、孔明」
「…それは、設定だ。将軍」
「子龍、と」
「子龍、……私は、そのようなことは」
「したくないか?」
「してはならぬだろう、普通」
「普通?」
諸葛亮のような突飛な発想と言動をする男から普通という言葉を聞くのが可笑しくて趙雲は口元をゆるめた。
「してならぬことはないだろう、同意ならばな。普通はしないというが、男同士で処理するなどそう珍しい事ではない。出さないと身体に悪いしな」
「それはそうかも、…しれないが」
精通したての小童のように不安げな声音に内心で驚きながら力強く断言した。
「あたりまえだろう。溜まったものは出さなくては。人にされたことは、無いか」
「……あまり、…」
全く無いのか、それとも少しはあるのだろうか。気にはなったが、どちらでもいい。
同衾したといえど性的な接触などするつもりは無かったが、いざ触れられる機会を得てみれば、この機を逃す気にはなれなかった。

「してみないか?」
「い、いや、そのようなことは」
「いやか。――そうだな、こういうのには相性はあるからな…。さわられたり身体を寄せ合うのに嫌悪感があれば、駄目だ。軍師が、俺に嫌悪があるというなら、仕方が無い」
思案気に趙雲がいうと、諸葛亮は即答した。
「あなたに嫌悪など、あるものか」
食い気味な返答にふぅんと趙雲はうなづいた。嫌悪はないのか、そうか。
当然、人柄に嫌悪があることと、性的生理的な嫌悪はまったく別ものだ。そこはあえて曖昧なままに話を継ぐ。
「匂いが駄目だとかも、よく聞くことだが」
「………」
考えるような顔をして少し振り向いた諸葛亮が、趙雲に顔を寄せる。首のところに鼻を寄せて、くん、と匂いを嗅いで首を小さく振った。
「…嫌悪はない。匂いも大丈夫だ。前から思っていたがあなたは太陽の匂いがするな、将軍」
その返答は、行為への肯定になりうる。問うたことに真摯に応える真面目さに驚きと喜びと、危惧感が湧いた。これほど整った容姿でこのように無防備で、よく今まで無事だったものだ。

静かに夜着の裾を割った。直接手のひらで触れると、痩身の背がびくりとしなる。
「あ、――」
手のひらを使って雄芯をやさしくやわらかく包み込むと、背中が震えた。驚きと戸惑い、狼狽の気配が伝わってくる。驚かせないようまずはゆるやかに上下させる。
やわらかさのあった形がはりつめてゆくのが手の皮膚に感じられる。
健康な男子が起き抜けの男根にこのような刺激を加えられて心地よくない筈がないというもくろみ通り、軍師の雄芯はかたくしこっていった。
くびれの部分をやさしく撫でさすったあと指先で亀頭を包みこむとじわりと濡れる感覚があり、甘いおののきの吐息がこぼれた。背はいまだ戸惑いにこわばっているが、ここまで勃たせれば出すまでおさまらないだろう。

十分に感じているのを承知で、耳元にささやく。
「俺に触れられるのに、嫌悪は?」
「…っ」
上擦った吐息がこぼれたのに趙雲は口端で笑った。耳朶のふちに舌を這わせる。ひ、と上擦った悲鳴を上がるのを愉しみながら彼のものをきゅうと握ると、腰がなまめかしく揺らめいた。
かすかな笑いを含んだ声で重ねて問う。
「いやではないのか、軍師?」
耳朶を軽く甘噛みしながら、亀頭にからめた指で揉みこむようにすると、あぁ、と喘ぎがあがり、いやではない、けど、でも、と快を受け止めきれない揺らいだ返答が、どうにもかわいらしい。
「心地良ければそう口にしてくれる方が、俺もやりやすいのだが」
「…、…」
そそのかしても声は上がらず、喉もとで吐息が震えるだけだ。どうやら奥歯を噛み締めて耐えているらしい。
まあさいしょから多く望み過ぎないほうがいい。
先端ににじむ雫を指にからめて裏筋をしごくと、奥歯がゆるんで、んん、喘ぎが漏れ出る。後ろから抱いた身体に己の体躯をそっと寄せる。寄り添った体温と、なにより隠しようもなく密着した趙雲の雄に軍師はひゅっと息を呑んだが、彼のものは更に熱を帯びて堅くなったので、どうやら不快ではないらしいとほくそ笑み、手の中のものをくちゅくちゅとひそやかな音をたてしごいてゆく。かたくしこったそれは濡れそぼっており、かたくなに強張っていた背もゆるんでほどけるように腰がゆらめいている。

自身もすこし息を乱しながら趙雲はこの後の算段を考え、布などを探して視線をめぐらせた。
ほどなく軍師は達するであろうが、この場所は招かれた客室である。寝台もできれば夜着も汚さず痕跡を残さずに済ますには―――


「お目覚めでございますかーー?」
ひどく場違いな能天気な声が響いたのはその時だった。
びくりと大きく身じろいだ軍師の動揺を全身で抱き留め、とっさに彼のものに触れていなかったほうの手で口を塞ぐ。
「ふ、」
動揺と色に濡れた声を手のひらで押しとどめながら、自身の乱れた吐息も押し殺した。


「雨はやみましたが、まだ晴れてはおりませぬ。いま朝餉を用意しておりますから。さあ盥に水を用意しましたよ。身支度をお手伝いいたしましょうか」
育ちが良いゆえの朗らかさか、屈託のない若者はずかずかと居室にはいってきた。
趙雲はそっと軍師から手を離し、あまりのことに慄く背をいたわるように優しく撫でてから、息を大きく吐き出し、寝台から顔だけを出した。

子息は歓待しようとしているだけで悪気はなく、にこにこしている。
「昨日はあまりお話ができませんでしたが、趙将軍には、ぜひ武勇伝をお伺いしたいものです」
「―――朝餉は要りません。実は、我が軍師に少々不例があり。すぐに出立します」
「え、そのような。それは心配です。ええと、では馬車をご用意いたしますので」
「いえ、馬の方が早い」

ともかく子息を居室から追い出してあわただしく身支度を整え、兄妹への挨拶だけはきっちりと済ませてから、馬に飛び乗った。軍師の馬の手綱を鞍につなぎ、ひどくいたたまれない表情の彼を愛馬の前側に同乗させ、ゆるやかに駆け出した。



氾濫しそうな川とは反対側の街道をしばらく駆けると予想通り宿があった。豪雨で街道の交通が停滞しており、がらんとしている。
早朝にやってきた、野宿をしたとも思えぬ衣服を整えた客に宿主はいぶかしげな顔をしたが、連れの具合が悪いと話をつける。客はほとんどいないからと上質な客室に通してくれたので、しばらく休むからと人払いして扉にかたく錠をおろした。



「軍師、すまぬ。このような目に合わせるとは」
これほどバツの悪いことはそうそうあるまい。情交に慣れた関係なら笑い話になるかもしれないが、はじめてのことでまさかあのような邪魔が入るとは。

身の置き所がないといった気まずげで困惑した白い貌に己のそれを近づけて、唇を寄せた。軍師が目を開くのにかまわず、口と口とを合わせる。
同意は得なかった。なぜか、拒まれまいという確信があった。
趙雲は途中で目を閉じたから、軍師がどうしていたかは知らない。唇をはなし、手を引いて彼を導いて寝台へ腰掛けさせた。出立の際に整えたばかりの長袍を肩から落とし、内衣の帯を解く。
抵抗をさせない速さでそこまですると趙雲は床に膝をついた。
「、将軍…?」
「子龍、と。――今、楽にしてやる」
「……なにを、」
「後で打擲したければ、しろ。軍師。今は俺に任せておけ」
「だから、なにをするつもりなのだ」
説明するよりした方が早いなと判断した趙雲は、衣をかき分けて、あらわれた昂ぶりを口に含んだ。身支度と移動により萎えかけていたのが、口腔に包みこむとすぐに芯を持つ。ぬめる粘膜に包まれてあっと軍師の喉が反った。
「その、ようなこと、――将軍!」
まだ子龍とは呼ばないなと思いながら口のなか深くに咥え込むと、軍師の腰が戦慄いた。背があざやかにしなう。
「んん…!…っん、あっ…」
咥内で軍師の雄芯をすっぽりと包みこみ、舌を押しつけて全体を愛撫する。軍師は首を振った。白面に血が駆け巡り、瞬く間に喉元まで朱色に染まり、白綾の衣と対照的な血色がうつくしい。きれいに整えられていた衣服が乱れて胸もとがゆるくはだけているのが艶めいていた。
情欲が煽られるまま趙雲は彼の雄芯をふかく咥え込み、舌を複雑に絡めて舐めしゃぶった。
「、あ、―――ああ…!」
先端まで舐めながら抜き出すと、軍師は背をのけぞらせて喘いだ。
「だ、駄目だ、こんな、」
「いやか?」
「いやだ。……おかしくなる」
惑乱した眸と目を合わせて趙雲は彼の勃ちあがった雄芯に舌を這わせた。は、と息を呑み、信じられないとばかりに目が開かれるのを見ながら、これ見よがしに先端を舌先でつついてみせる。なめらかな質感の先端の割れ目を舌で舐め上げると、ひどく狼狽した潤み声が上がった。
「濡れてきたな、軍師」
「な、…っ――んん」
「好、…それでいい。感じていろ」
あふれ出た雫を舌で絡めとり、唇で先端を吸う。くちゅりと淫靡な水音を響かせつつ、ふたたび先端から順に口の中に含みこんだ。
「――ふ、ぁああ……!」
舌と口の中全体を使って愛撫を続けると、にじみでる液体がとめどなく口内を濡らした。愛液をさらに乞うようにざらつく舌で濡れそぼった先端をぐりぐりと責め立てると、刺激に耐えられないかのように腰が浮き、淫らに揺らめいた。
「気持ちいいか?」
「は、離せ、――もぅ、達く、あっあっ」
目を上げると泣きそうにも見える混乱した、切羽詰まった目と目が合う。目の端でふっと微笑み、離すどころかさらに口内奥深くに迎え入れて吸い上げた。
「あ、ん、ッ、ん――!」
放たれたものを口で受け止める。最初からこうしておけば、あの瀟洒な客間で寝台や衣を汚す心配なぞせずともよかったものを。


吐精したあとぜいぜいと肩で息をしていた諸葛亮は、声を絞り出した。
「…飲む、なよ、そのような、もの…」
言われるまでもなくさすがに飲む気はしなかった。
いかがわしい用途の宿ではないのでそれ用の用意は無い。頭部に巻いていた布を取り去りそれに向けて白濁を吐き出し、唇もぬぐった。水はあったので喉と口内を洗い流す。

諸葛亮は複雑な表情でうなった。
「なんてことを。あなたの頭の巾を見るたびに思い出しそうだ…!」
「もう遅いな、別の布にすればよかったか」
「それこそもう遅い」
「悪かったな」
口では殊勝に謝りながら趙雲の浮かびそうになる笑みを噛み殺した。
額に布を巻いたり髷を巾で包んだり――誰でもしていることだが、己のそれを見るたびに軍師が先程の快楽の記憶を呼び起こすのかと思うと、なにか面映ゆく愉快でもある。



諸葛亮は目を逸らしてなにか思案していたが、趙雲のほうを向いた。
「では、…私の番だな。同じようにすればいいのかな」
「なにを言っている」
さて厠に行って己のものを処理してこようとしていた趙雲は立ち止まり、胡乱気な顔を軍師に向けた。唇をへの字にゆがめた諸葛亮が見返してくる。
「こういうのは持ちつ持たれつというものだ」
「馬鹿か、お前」
「馬鹿呼ばわりされたのは初めてだな…」
そういえば天に愛でられた智者だった、こいつは。

「そこに座られよ、将軍、いや、子龍」
「なにをするつもりだ」
「やり返すのに決まっているだろう。私だけというわけにはいくものか。あなたも出さなくては、身体に悪いであろう」
「いや、待て、軍師」
「孔明、と呼ぶと約束したぞ」
「いや、待て、―――何をムキになっている」
「ムキになどなっておらぬ。私は冷静だ」
「冷静なはずがあるか…!どうして、したいんだ」
「どうして、―――」
諸葛亮は軽く息を呑み、視線をさまよわせた。
「それは……まず、私だけでは、公平ではない。あなたはどうやら武術のみならずそちらの方面でも手練れであるようで、とても―――…その、とても、気持ち、良かった」
「それはなによりだ」
そちらの方面でも手練れってなんだと内心でつっこみつつ、己のほどこした手管に忌避感がないだけでも上々であるのに、心地良ささえ感じたのならば上出来だと、安堵と優越と――いとしさがこみあげた。


「これまで政治学や軍事、天文に地形、農学…色々な学問を修めてきたが、そちらの方面は避けてきてしまった。しかし傾国という言葉が示す通り、性愛や痴情のもつれは時に国をも傾けうる大事である。劉備様の一の軍師として世に出たからには、私は、そちらの方面――つまりは色事を学習せねばならぬ。そこを避けて通るわけにはいかぬと、最近気付いたのだ」


常のように理路整然とはしていない、しかしやけに説得力のある言い分に返答のしようもなくて趙雲は黙り込んだ。
色事を学習する――……。
それにだ、と諸葛亮は身を乗り出して趙雲の瞳をぐいっと覗きこんだ。
「されてばかりでは悔しい。負けたような気になるではないか…!」

何という負けず嫌いだ。心意気にも向学心にも感心するが、――待て、それで、何をするんだって?



ぼぅっとしていると手を引かれ、寝台に腰掛けるようにうながされる。
態度を決めかねたまま座った趙雲の前にて諸葛亮が膝をつく。
器用そうな指先が武官用の帯の留め具をかちりと外した。腰を強くいましめる幅広の革帯が外されるとそらおそろしいほどの開放感があるとともに、行為が現実味を帯びてくる。
驚くべきことに本当にやるつもりらしい。先ほど趙雲がしてやったことを、そのまま。

「軍師に膝をつかせて奉仕させたのがばれたら、主公はなんというかな」
軍師は主君の一番お気に入りの寵臣だ。狭量な主君であれば斬首でもおかしくない。
「私たちが『慕い合っている』という設定のことは、主公に了承をいただいている」
「は?いつの間にだ」
「出立前。――なあ、子龍」
「なんだ」
複雑そうな表情で見上げてくるので、やっぱりやめると言うのだろうと、安堵と惜しさが同時にこみ上げた。でも違った。
「私たちは設定上とはいえ『慕い合っている』のだ。寝台の中で、慕い合う者同士にふさわしい行為をしようとしているときに、ご主君とはいえ他者の名を出されるのは不愉快だ」


「私だけを見て、子龍。私だけを感じて」
そっと伸び合った軍師が、唇の端にちゅっとくちづける。
少々のためらいのあと、唇同士が触れ合った。触れ合ったままするりと手が下に伸びていき、布の上からふくらみに触れた。武装束の丈夫で厚い布越しでもそのふくらみは顕著で、諸葛亮はかるく笑ったようだった。
「これは、朝だからこんなふうなのかな、将軍」
「違うだろうな」
ゆるやかな朝勃ちとはむろん異なる。いくところまでいかねばおさまらないほどに育った熱だ。
唇が重なった。眉を寄せた軍師の顔を見ながら趙雲は目を閉じて、口を開く。舌同士がゆるく絡まり合う。
武官の着衣は堅く丈夫で、簡単にはだけるようにはできていない。口を合わせたまま留め具を外して己の着衣をくつろげ、相手が息を継ぐために口唇を離したわずかな隙に伸びをするようにして脱ぎ捨てた。
「格好いいな、あなたは…やはり手練れだ、悔しい」
悔しい?
「口付けしたままで服を脱ぐなんて、…どれだけ慣れているのだ―――ふん、いい、私の学習能力は高いからな。すぐに追いつくさ」
負けず嫌いと向上心に満ちあふれることを口にしつつ、もう下着しかつけていない趙雲の前をくつろげた。

「―――、立、派だな…!」
諸葛亮の声と顔がひきつる。
もう少し大きくなる、と言いかけたが言わなかった。さきほど確かめた諸葛亮のものと比べて自分のほうが大きいだろう。趙雲にはまるでこだわりはないが、男はそこの大小にこだわりと劣等感を持つ者も多い。軍師の謎な闘争心をむやみに煽りたくはなかった。
「やめてもいいんだぞ、軍師」
「私にされたくないということか?」
「されたいさ」
というか、このような状況で押し倒さずにもどかしいやり取りをじっと我慢している忍耐を誉めてもらいたい。
「されたいが、――それ以上に、嫌われたくはない」
「あなたを嫌いに?なるわけないだろ」
きっぱりと言い切った諸葛亮は、趙雲のものを検分するようにまじまじとながめ、おもむろに指先でなぞるように触れてきた。白い指先で裏側にある筋をなぞられて趙雲は眉を寄せ、くびれのところを指先でさすられて、は、と息を吐いた。
「感じるところは同じか…」
「…男はだいたいそうだろうな」
裏筋をやさしくさすられたり、やんわり握られてゆっくりと動かされるのは、たしかに快感だった。快感だが、もどかしい。
趙雲は眉を寄せ、手のひらを口に当てた。軍師がちらと見上げてくる。
「なに、?声をこらえずとも、いい」
あいにく、こらえたいのは声ではない。
軍師を押し倒したい衝動をこらえるためだ。こんなじれったい刺激ではなく。突っ込んでゆさぶりたい。
「軍師、悪いが、もっと強くしてくれ」
「、わかった」
強さと速さが増して快感は加速した。たどたどしい手つきはもどかしいが、喜ばしいことでもあった。慣れていて上手い方がよほど嫌だ。
だけど、いける気がしない。
「駄目、だ、軍師」
趙雲は手で顔を覆って声を絞り出した。
「え、あ、もう出るのか、意外に早いのだな、あなたは。いや、私の手管がすぐれているのか」
嬉しそうである軍師の期待と自負を裏切って申し訳ないが、もう限界近い。

挿れたい。
細身の躰を力任せに抱き寄せ、寝台に横たえて挿入し思うままに揺さぶって。中に、出したいのだ。
――――しかしそれをすれば、壊れてしまう。
友情にも似た信頼も、陣営の誰に向けるのよりも気安い笑みも、互いに遠慮のないぞんざいな口調での会話も。
失くしてしまうに違いない。


趙雲の迷いをよそに満足げな軍師はすこしためらったあと、自らの唇を舌で舐めごくりと唾を呑み込んでから、ゆっくりと顔を沈めていった。
根元の方からから徐々に舌を這わせていく。様子を見るようにしばらく舌で舐めていたが、口を開いてそこに含みこんだ。
熱く潤んだ粘膜に包まれ体温が一気に上がった。顔に熱が集まり心臓が脈打つ。根元近くまで咥え込まれると襲ってくる快感に背が痺れるようで、上擦った呼吸が漏れた。
ちらと見上げてきた軍師と目が合う。趙雲のものは我ながらあさましいほどに硬度と大きさを増し、驚いたように軍師が口から出す。あたたかい粘膜から出されると物足りなく、趙雲は無意識に腰を揺すった。

期待と興奮に先端から透明な液がこぼれ出る。視界に入るそれがまた我ながらいやらしくて更なる発情を誘うのに、唇を寄せた軍師が舌を出してぺろりと舐めとるのが淫靡でたまらなかった。これ以上ない大きさまで膨らんだものに沿って舌が這う。じわりと汗が出て呼吸が乱れた。
「軍師、…っ」
「ん、――気持ちがいいか…」
「……ああ、いい、」
互いの声がひどくかすれて濡れていて、自分の欲情しきっているであろう表情や上擦った呼吸を知られるのは気恥ずかしかったが、怜悧で聡明な軍師の容貌もまた色に染まっている。
欲に染まった視界で、軍師が昂ぶりを口に含んだ。吐き出す息が熱い。腰が動きそうになる衝動を、理性で押しとどめなければならなかった。
口淫とはこういうものだったか。ここまで激しい欲情を煽られて、溺れそうな快楽を感じるものだっただろうか。
余裕の笑みを浮かべて戦略を説き行政を語り誰をも感嘆にうならせる知的な唇が、自身の雄を咥えている。想像を絶する光景にまた淫らな夢をみているのかと錯覚するが、軍師がおのれの前に跪いて丹念な口淫をほどこし、おのれの雄が放出の予感に震えているのはまぎれもない現実だ。
奥まで含みこまれて白い喉奥に締め付けられて、――ついに趙雲の雄芯は陥落した。




出した趙雲よりもはあはあと荒い息をつく諸葛亮へ手巾を手渡した。
「ッ――こんなに不味いのか…っ!」
「早く出せ。軍師。飲むなよ」
「これはさすがに飲めない…」
さきほどと似たようなやりとりをして、ふたりして寝台に転がり込む。
乱れた息はさほどたたずしておさまったが、鼓動はなかなか戻らない。そして躰の奥深くでくすぶる興奮はまったくおさまっておらず、どころかますます烈しく熾火のようにくすぶり燃えている。
隣を見るとぐったりと敷布に身を沈めている諸葛亮が顔を上げた。
星を集めたように煌々ときらめく軍師の双眸の中に醒めぬ熱情と昂ぶりとを認めて鼓動が跳ねた趙雲は、再び彼へと手を伸ばしかけた。
だが。
「もう――戻らねば…」
「そう、だな」
諸葛亮はしばらく両手で顔を覆っていたが、意を決したように立ち上がった。

「将軍、しばらくは、就寝時に私の香を焚かれるといい」
「香?」
「私の香は特殊な練り方をしている。同じ匂いがしていれば、聡い女官や客人たちはすぐに気付く。あっという間に噂になるだろう」
「分かった」
「それから、――」
白い頬が朱色に染まった。
「色事の学習は、その、この先も、しばし…」
「続けたいのか」
「できれば。同意があれば、よいのだろう?そう珍しいことではないらしいし、出さねば身体に悪い。あなたが御嫌でなければ。あなたが私に、嫌悪がなければ」
「嫌悪なぞ、あるものか」
趙雲が嫌だと言えば、他の者のところに行くのだろうか。
「俺に、しておけ」
「そう、よかった………」
互いに衣服を身に着ける。あと一歩で出口というところでふたりとも立ち止まり、視線をゆるやかに絡ませて、ゆっくりと口付けた。





「趙将軍。いや、子龍。またあなたに縁談だ」
回廊から身を乗り出して不機嫌そうに言う諸葛亮に、趙雲は手に持っていた見事な長槍を肩にかついだ。
「断ってくれ」
「断るとも」
ふん、と諸葛亮は唇をゆがめる。

縁談の断りとは難しいものだ。相手に恥をかかさず怒らせないように礼儀も守り、それでいてきっぱり断らなくてはのちに禍根を残す。
ただでさえ忙しい諸葛亮がそのような手間を嫌がるのも無理はないし、面倒くさい作業に知恵を絞らなくてはならない彼が不機嫌になるのは当然だった。


「趙将軍」
「なんだ」
高飛車にあごをくい、としゃくる仕草をされて近寄ると、軍師は声をひそめた。
「あちらから見ている青い衣が、縁談の使者だ」
「くちづけても、いいか?軍師」
目を上げた軍師は、悪戯っぽくにやりと笑った。
「いい、と言うとでも思ったのか、将軍」
「では、ふりだけにするか」
「字で呼び合ったほうがそれらしいと思う」
「孔明?」
「そう」
「孔明」
軍師がおもむろに顔を横にかざした白い羽扇に影のなかで、唇が重なった。ふりではなかったのかと思うが、重なるとどうでもよくなる。
唇のやわらかさ、近付く匂い、額にふれる彼の髪、しなやかな肢体の気配、すべてがいとしく慕わしい。

共に過ごすことも、会話を交わすことも会話をかわさずに寄り添っていることもまたいとしく、恋情がふつふつと湧いて出て胸が苦しい。
彼が欲しい。誰にも渡したくない。

まだ、慕い合っているという設定を続けている。
諸葛亮とは、暇があれば共に居り、口づけもすれば同衾して互いの熱を吐き出し合う仲であるのだが、一線は超えていない。

いつ、慕い合っているという設定から脱却して、誠に慕い合っている関係に進めるのか。
あの時、手を出さなければ良かったのか?
いやそもそも、恋をしているという設定になどしたのが間違いだったのか。
きっぱりと恋をしているのだと告げてから、先に進めば良かったのか。
欲を優先したばかりに、こんなことになったのか。
しかし諸葛亮は最初に色事の学習だと明言しているのだから、本気の恋など嫌がるのではないだろうか。









「また、趙将軍に縁談だ…」
地獄の底から響くような陰鬱とした声音に、劉備は顔を上げた。
一の軍師がぎりぎりと奥歯を噛んで、書簡を砕けんばかりに握りしめている。
「あ~、おい、孔明や、書簡、握りつぶすなよ、怪我するぞ…」
今回の書簡は、竹である。砕けば軍師の手が無事では済まない。
「ああ、もう―――なんてあの人はもてるのだ。いや、もてるよな。あんなに格好いいものな……」

「なあ、おまえたちの仲は、微妙だな。付き合っているとかいう噂は広がっておるが、一線を越えておらん感じがひしひしとするんだが、どうなっておるんだ?」
「………」
あけっぴろげな主君の問いを諸葛亮は黙殺した。


諸葛亮は、趙雲が好きだ。全力で惚れているといってよい。
ゆえに彼が縁談を断固として断っていることを良いこと口実として慕い合っているという設定の関係に持ち込んだ。
だって彼が欲しいのだ。誰にも渡したくない。

いつ、慕い合っているという設定から脱却して、誠に慕い合っている関係に進めるのか、悩ましい。
そもそも、慕い合っているという設定になどしたのが間違いだったのか。
きっぱりと恋をしているのだと告げてから、先に進めば良かったのか。
欲を優先したばかりに、こんなことになったのか。
しかし趙雲は最初にこれは珍しくもない男同士の処理だと明言しているのだから、本気の恋など嫌がるかもしれないし……


このまま、欲だけを処理する仲でいいのか?
「いや、そんなの御免だ。策を講じねば、いや待て、策など講じたからこういう関係になったのだな。 欲には策は通用した、けれど恋に策は通用しないのかもしれないな。では…」

あなたに、恋をしているのだ、と。
うそいつわりのない本心を、告げてみようか……?

「あなたは受け止めてくれるのかな、趙将軍、いや、――子龍…」


 









(2022/10/7)

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