シリウス2.5 魏孔(私設)

 





途切れていた意識が戻った。
闇に呑まれていた思考が現実をおぼろげに認識するとともに、天井の模様が目に入る。色合いの異なるさまざまな種類の木材を丹念に組合せ、華麗な模様を為している寄木造りの天井――常ならば目を凝らして眺め感嘆したに違いない細工の妙技を、諸葛亮はぼんやりと見上げた。

この驕奢な武家屋敷は、劉璋に仕えた武将が建てたものだと諸葛亮は知っている。
漢籍の知識と教養に欠けるために文官にはならずに武官を選んだという名ばかりの武将は、兵卒たちの武具を揃えるための予算を横領し、軍を養うための食糧を商人に横流しして財を蓄え、豪奢を尽くした生を愉しんでいたという。
劉備が成都を落とした際に、荊州に隠居した劉璋に忠誠を尽くして付いて行くという名目で、成都から逃げ出したのだ。
つねに自軍の数十倍もの大軍を打ち破るような苛烈な戦を繰り返して益州を手に入れ、今後も外征を繰り返すに違いない劉備軍になど仕える気は毛頭なかったのであろう。

そのような卑劣で惰弱な輩の屋敷の、見かけだけは豪華な寝台で目を覚ました己のなんと、みじめで汚らわしいことか――

気怠さが全身を重く取り巻いている。
それでいて、軽やかな浮遊感がある。
もうすいぶんと長く、安らかな眠りは得られないのが常態となっているのに。
あの男との情交の後はそうではない。
あられもない声を上げながら精を放つことを幾度も強要され身を貪られたあとで気を失うようにして得る眠りは、夢も思考もない熟睡であり、目覚ればある種の開放感がある。
本来なら愛情を持つ者同士で行うべき行為であり、解放であるはずが。
あのような無慈悲な豺狼のごとき輩と、―――
口惜しさと怒りとともに、言いようのない寂寥の思いがこみあげた。


まだ全裸のままだ。穢れていた身体はかろうじて拭ってあるようで、皮膚の表面は乾いている。
あの獣のような男がやったのだろうか。
それとも――まさか、使用人に、やらせたのか。

どちらの想像も胸が悪くなるようなもので、動揺のあまり疾く寝台を降りようとしたが、腰が揺らいで立つことが叶わない。寝台の支柱を掴んで転倒はまぬがれたものの、床に膝をついた。
と同時に、奥処から臀部へどろりとした粘着質のものが伝い落ちる。
「・・・っ・・・」
たまらずに手で口を押え、苦鳴をこらえた。


扉が開く音と閉じる音が鳴り渡り、ゆったりとした足音が響いた。当然のように近付いてくる。
「お目覚めであられるか、軍師殿」
寝台の横にへたり込む様に気付いて、足音は止まった。

帳を引いて現れたのは、この世にふたつとないであろう凶相。
諸葛亮は、初対面からこの者を嫌っている。
その瞳と目を合わせると、兇暴な野の獣と向かい合っているような気になる。見つめられると胸が波立ち、寒気を感じるほどの危機感と、焦燥に駆られてしまう。
何故なのだろう。
ほかの誰であっても、そんな思いは起こらないのに。


「逃げようとでもなされておいでか」
小脇に抱えていた銅盥を卓に置き、嘲笑まじりに手を伸ばしてくる。
悪食な獣に食い荒らされた惨めな身体は痛み、わずかにしか動かせない。
伸びてきた手を振り払うのが精いっぱいだ。
振り払ったが、また伸びてくる。
右手首を掴まれ、昨夜も同じようなことをされたと思い出し、悪寒が湧いた。
手首を掴まれて引き倒されて、・・両手首を押さえつけられて犯されたのだ。

諸葛亮には重くてままならぬ躰を男は太い腕で軽々と扱った。
苦労して下りた寝台へとやすやすと戻される。
みっしりとついた筋肉が豪奢な寝台をきしませた。

何のためらいも遠慮もなく男は手を伸ばした。
頬に触れられた。
この手に、一晩中玩弄されたのだ。
からだの隅々まで暴かれて辱められ、屈辱を与えられた。
「御身体がお辛いのか」
この声に、一晩中蔑まれたのだ。
貴公の御身体は悦んでおられる。ああ、好い、貴公の中は某の陰茎に絡みついてきますぞ。存外に馴れるのがお早く、淫らであられる――
身体のみならず、心にまで恥辱を塗りたくるように。


それほどに、屈辱を与えたいのか。恥辱に塗れさせたいのか。
まことに兇暴で無慈悲な、見下げ果てた男――
ありったけの蔑みをこめて男を睨んだ諸葛亮は、諸葛亮の視線を受けて不快気にうなり見返した男の、獣のような瞳孔に見返されていつものように嫌悪と焦燥を感じて目をそらした。


いや、―――・・・
諸葛亮は初対面から魏延を嫌悪していた。
そして、仕える主君を斬った裏切り者であり、凶相を持つ者として斬首せよとまで主君に進言したのだ。

新しい主君の面前で、己にそこまでの恥辱を与えた軍師を、この猛々しい将が、許す筈がない。
諸葛亮を凌辱したのは、報復に違いなかった。
だとすれば、この事態は。諸葛亮自身がまねいた自業自得であるのだろう・・


今更ながらにそのことに気付いた諸葛亮は、うつろに目を伏せた。
「・・・馬車を呼べ。帰る」
「まだ動けぬのであろうが。こちらで休まれよ。膳を、運ばせようか」
男の声音は優しげですらあった。牙と爪を隠した獣が出す猫撫で声が、優しいといえるものならば。嫌悪の身震いをどう取ったものか、お寒いのかなどと言いながら腕を回してくる。
抱き寄せられて諸葛亮は困惑した。男は手首に醜い痣のついた右の手を取り、まじまじと眺めている。振り払うかどうか束の間迷い、手を預けたまま、力なくうなだれる。
「・・いや。戻る」
このような場所に、居たくない。
「このような胸糞の悪い屋敷で休めるものか」
「――なんだと」
少しは優しげであった男の声にたちまち険を帯びる。
ああ、と諸葛亮は視線を揺るがせた。
また間違えた。こんなことは、言いがかりだ。
無駄な贅を尽くした屋敷を建てたのは、一度も実戦に従軍したこともなく、軍部の資金を横領して私腹を肥やした下劣な武官であるが、魏延とは無論、関係はない。
空き家になっていた屋敷を劉備から賜ったに過ぎない。

魏延は劉備に重用され勇猛な武将として力を発揮し、将兵たちからはその荒々しい武力や兵を統率する技量、意外な奇襲策を立案する知略をも認められている。
豪奢を好む性癖は劉軍では浮くとはいえ、軍の資金を使い込んでいる筈もない。
劉備を敬愛し、劉備を裏切る気配など微塵もないのだから。

男は不快気に鼻を鳴らした。
「某を怒らせると、御身のためになりませぬぞ、軍師殿」
声に恫喝がにじみ、敷布の上へと引き倒される。
「―――溢れて、」
嬲ろうとせん声が不自然に途切れたのは欲情のためだった。
「・・脚を開きなされ、出してしまわねばな」
あふれ出ようとするものが不快でたまらぬ箇所に指が挿し込まれる。
奥ゆかしく閉じている筈の奥処の襞は白濁によりねっとりとぬめり、広げるように動かされると注がれた精が流れ出てくる。

あまりに淫靡な光景に魏延は思わず舌なめずりをした。
清浄な暁光に浮かぶ、あてやかに白い肢体。潔癖である者の脚を開かせ、つつましい筈の秘所に指を咥え込ませれば、己がそそいだ精が果てるともなくこぼれ出てくる。
腰についた赤い痣は昨夜無体を強いた己がつけた痕であろうし、つつましやかな暗朱のすぼまりを穢すのは己が放った精液なのだ。

「・・・あ、・・」
怯えと恥辱が混じった儚げな喘声は、奥へと指を伸ばすと高さが混じった。
襞を撫でながら指を突き通すと、ぬるりとした感触のやわらかい襞の感触に淫らな高揚が湧き、欲情により腹奥が重くなる。
とろりとぬかるんだ秘所は女の蜜壺のようでもあるが、それよりも狭く、魏延の無骨な指を締め付けながら甘やかに絡みついてくる。
柔く淫らな感触に情欲が湧きたった。
奥深くに挿れた中指と人差し指を回すように挿し入れ、揺するように動かすと、軍師は片手で口元を覆い、顔をそむけた。
「ぁ・・あっ」
声も、伏せた繊細な睫毛も、震えている。開かせるために抱えるようにしている白い太腿もまた。

ゆっくりと中にあるしこりを抉ってやると、勃ち上がった花芯までが震える。
そこばかりを小刻みに抉られて、諸葛亮は小さく絶頂した。
薄い白濁が双方の腹を汚すのにたまらない気分になるのに、全身を取り巻く感覚はまぎれもなく快楽でしかない。
硬質な美貌を快に歪め、入れた指を締め付けながら精を吐く痴態に、魏延の興奮はどうしようもなく高まった。

魏延は奥まで入れていた指を抜き放し、身を起こした。
雑に着付けていた自らの夜着の帯を解く。ずしりと重く膨れ上がった雄の欲望が朝日にさらされる。

「・・・っ」
諸葛亮はぐったりとしていたが、乗り上げると押し返そうとし、足先で敷布を搔いた。
抗いに魏延は口端を上げた。
夜とてさんざん抱いたのだ。清浄な朝日の中での再びの媾合に抵抗するのは、物堅く貞淑な者にとって当たり前のことであろう。
「止せ・・」
「止まらぬ。貴公を見ていると犯したくてしょうがないのだ」

強張る脚を開かせて後孔に男根を宛がった。慎ましやかな筈の其処が淫猥にぬめっているのが亀頭に感じられ、いやおうなく劣情が高まる。
「・・・許してくれ、もう」
哀れな嘆願に瞬時迷ったが、止まれるものではなかった。
「貴公が逆らわぬのなら、激しゅうは致しませぬゆえ。今一度お許しくだされ」


強引に侵略してくる肉塊から逃れようともがくが、頑健な筋肉に覆われた手足に全身を押さえつけられてびくともしない。
欲情した男根を押し付けられ、太い先端によってじわりと奥処が拡げられていく感覚に、首を振ってもがいた。
「お暴れなさるな。・・逃げると追いたくなる」
ひそめた声に、諸葛亮はきつく目を閉じた。


抗いは止んだが、奥処は怯えるように窄まってしまった。
最も嵩のある雁首で肉壁をかき分け開かせていく。
「ひ、・・・ああ――」
怯えと不安と一抹の快楽が混じった喘ぎを耳にしながら、魏延は己のものを軍師の内奥へとゆっくり挿れていった。
ひときわ太い雁首を隘路に通すのは魏延にしてみても難儀であるが、ひくつく秘所に己のものが埋め込まれているさまを目にするのは強い快楽を招いた。ゆっくりと隘路に包まれていく感覚もまた、腹奥を疼かせてやまない。


「ああ、好い――奥へ挿れますぞ」
雁首を通し終えたらしく、我が物顔により深みへと押し入れてくる男に、諸葛亮は声を詰まらせた。
激烈な違和感はあれども痛みといえるものが無いのが、よけいに焦燥を呼んだ。

度重なる情交により作り変えられてしまっているのだろうか、己の身体は。
男を受け入れるものへと・・
女でない身であるのに、己の内奥に快楽が生じる箇所が幾つもあることが、諸葛亮を更に追い詰める。
嫌だ、・・・抜け、この慮外者め――
声に出さずに脳内で喚くと、聞こえたように男のものが抜けていった。
だがそれが抜けてはいかないことを既に知っている。
亀頭だけを残して抜かれた男根は、ゆっくりとまた挿ってくる。
「う、」
気が狂いそうだと思うが、狂わないことももう知っている。
ぬめる隘路を徐々に侵入し、再び抜けそうなところまで引かれ、そしてまたより深みへ侵食してくる。
潤む粘膜を肉の棒でこすられる得体の知れぬ感覚が背を駆けあがり、諸葛亮は喉をそらした。
締め付けに男が笑い、揶揄うように殊更ゆっくりと侵入させてくる。慄くような大きさを包みこみ、中で締め付けている生々しい感覚。
獰猛な雄の欲塊を受け入れ、嫌悪と恥辱を凌駕する淫らな熱を感じているのは、まぎれもない己の身であるのだ。

徐々により深みへ侵入する男の動きに声が抑えられなくなる。
「ん、・・・っ、んぅ、・・あ、あ、あ・・っ」
肉壁を舐めるように出入りする野太い男根に良いところを繰り返し抉られると、高くなっていく喘ぎを恥じ入る気持ちさえ遠ざかり、意識が白く霞んだ。
強靭な筋肉の乗った腕に拘束され、手足どころか頭部さえもまともに動かせず、穿たれるままに泣きむせぶような声を上げるしかできない。

なんという無様な。なんと淫猥なことか―――・・・
途切れる意識の合間に自責する。このように淫らなものが我が身であるのか。
自らを責める諸葛亮をよそに、肉欲の悦は高まるばかりで行き場なく狂おしく身を苛み、諸葛亮は自分を凌辱する者へと手を伸ばした。

男の息も獣のように荒くなっていた。そして身の熱は諸葛亮より遥かに高い。
腕を回して手で身体に触れると、内奥に納まったものがひときわ質量を増した。
「は、・・どうされた、軍師、殿」
強靭な偉躯を覆う皮膚も、吐き出される荒い息も、欲に掠れた声も、熱が高い。
灼かれてしまいそうなほどに。
躰の奥深くで炎がくすぶった。腹の奥から生じた快楽の炎は身の内を焼かんばかりに広がる。

以前の交わりでは恐怖と痛みに身悶えた最奥にすら快楽の火種がある。
ゆるやかに奥を穿たれて、諸葛亮は悲鳴を上げた。
「、・・あああ・・っ」
恐怖は変わらずにある。だがそれ以上に。
「ひ、ぅ・・ひ、・・あ、っああ」
太い肉が抜けていったかと思うとぐちゅりと粘った音を鳴らしてまた穿たれる。

最奥をゆっくりと甘く穿たれるのは、絶頂への階を昇っていくに似ていた。
「あ、あ、」
快を追って無意識に腰を揺らめかせる軍師の様子に、魏延は唇を舐めた。
腕が回され、細い指は魏延の背に食い込み、絡みつく内壁はひくひくと痙攣して魏延のものを絞るように締め付けてくる。
軍師が腰を揺らめかせるたび、膨れ上がった陰茎が甘く揺すられて、繋がった箇所から全身に快美が巡った。

震える内壁を撫でるように魏延は律動させた。
刺激に諸葛亮は悲鳴を上げたが、それにすら甘さが混じっている。
言った通り激しくはない。
抽挿がゆるやかである分、堅く熱い肉塊が行き来する感触を生々しく感じさせられる。慎ましやかであったはずの繊細な粘膜を蹂躙される愉悦に、あられもなく乱れた声がとめどなく零れ落ちた。

男根が身体の奥を擦り上げる速度が増す。
「あ、あ、も、・・・、・・・――っ」
諸葛亮は喉を反らして全身を硬直させた。
急激な絶頂感。羞恥も屈辱もあらゆる思考が消え果てる。
快楽を極めることだけが全てになり、高い嬌声を上げて諸葛亮は達した。
一拍遅れて内部を襲ったうねりに魏延の男根も大きく震え、熱い体液を奥へと解き放つ。
「っ・・・ああ・・あっ・・!」
誇りも思考も失い性の愉悦に染め上げられていた脳はその放出を、無念とも屈辱とも捉えず、奥を熱く濡らされる感覚を快楽として受け入れていた。

荒く息をつく男に抱きすくめられたまま、諸葛亮は忘我の恍惚を呆然と享受した。
もう戻れないところまできてしまったのだと、放心したまま思った。




湯殿に連れていかれ、熱い湯で身を清められた。
使用人の数は多いようだが、息を潜めているように気配が薄く、姿を見かけることもない。
それでいて湯が用意され、寝所の敷布はいつの間にか替えられていて、ほどよき頃に膳や飲みものが整う。
隠し通せるものだろうか。
主人の閨にいるものの正体に、召使いたちは気付くだろう。

危惧を口にした諸葛亮を前に、髪をまとめそれなりに身なりを整えた魏延は嗤いの形に唇をゆがめ、諸葛亮に衣を着せかけた。
「知っても隠しておけと命じておるゆえ、ご安心なされよ、軍師殿。噂になどなろうものなら、出所は探さぬぞ、叶う限りの残忍なやりようで全員殺す、とな」
「それで、誰も近づかぬのか・・・」
残虐な、とも思うが、奇妙な安堵もあった。
この男ならためらわずにそうするだろう。召使いは誰もしゃべるまい。
秘密は守られる。

諸葛亮は横たわったままぼんやりとしていた。
天井が目に入る。色合いの異なるさまざまな種類の木材を丹念に組合せて模様を作り出した寄木造りの天井。
贅を凝らした豪邸のありさまには何の感慨も浮かばぬが、この天井は瀟洒であるとおもう。

髪に、触れられた。まるで愛しいものを愛撫でもするかのように。
「さて、困った―――某は貴公を見ていると犯したくてしょうがない」
「・・・これ以上は、許さぬ」
ふんと鼻を鳴らす不遜な態度ではあるが、肯定された。
「人目につく痕は、残すな・・。立てなくなる抱き方も、今後は許さぬ」
「心得ておりまする。貴公は益州の政務の要である御方。調練にでも出て静めて参る。帰るなりここで寝ていかれるなり、どうとでもなされよ」

武装を整え、居室から出て行く背に向かって諸葛亮は声に出さずにつぶやいた。


我が身も淫らで醜いが。
お前の方がはるかに淫猥で強欲で多情であるな――



自邸に戻ったところで、わずらわしい。
情痕を隠すのも、痛んだ身体に対する言い訳も、心配されてあれこれ看病されるのも。
新しいものに替えられてなお男の匂いが濃厚に残る寝具に包まれて、諸葛亮は目を閉じた。


 











(2022/12/3)

≪ 一覧に戻る