宵 待 人
情事の余韻にぐったりした孔明の背を己の胸にもたれかからせて、馬超は背後から白い体に掌を這わせた。 文官のなかでは飛びぬけて長身の愛人は、やせ気味ではあってもけして弱々しくはないのだが、どこかしら繊細な体をしているように思う。 たとえば肩のあたりの肉づきは、むくつけき筋肉でもない、たるんだ贅肉でもない、ふしぎに張りつめた触感であって、それが同じような手ざわりの腕につづいている。 のどから胸につながるあたりは、すこし肉が薄いかもしれない。鎖骨がくっきり浮き出ていることからもそう知れた。 肌は絹のような手触りで、しかも閨事の最中とあってかしっとりと潤んでいた。まるで誘うようである。 外で降りつづく雨は、軒先に垂れた薄紅の花房を濡らしていることだろうが、雨に濡れた花弁というのは、ことによるとこのような手ざわりであるのかもしれなかった。 「ん…ん、孟起……」 「ん…?なんだ、孔明?」 声はどちらも掠れている。 だけれど、喘がされるほうと喘がせるほう、声帯におけるどちらの被害がより深刻であるかは、明白なことであって。 雨に打たれた花もかくやという様子でくったりしている孔明は、もうかすれきった吐息しか出せない。 思わず背筋が伸びてしまうくらい冷たい、凛然とした声の持ち主。その人が春の夜に響かせる弱々しくかすれた吐息というのが、どんなに男を煽るかなど、いかに天才といわれる軍師でも気づいていないに違いない。 馬超は、かすれきった軍師ののどに潤いを与えるとでもいうような、深いくちづけをした。 くちゅりと口腔内で互いの唾液がまじりあい、あまく溶けあう。 熱をはらんでしびれる繊細な腰に、いかにも武人らしい強靭な手がかかり、再び開かせようとした。 「あ…、も…う駄目ですよ」 「駄目?」 「…休ませてくださいったら。あなた、いったい何回したとおもってるのですか…!」 「さあ。覚えておらんな。何回だ?」 「…、わたしも、覚えていませんけど…。とにかく、もう…」 立てば奇略を思いつき、すわれば奇策を思い為す。目にはいる万物に興味を持ち、そのすべてを記憶する精密な頭脳を有する孔明である。その頭脳をもってしても覚えきれていないという情交の回数とはいかばかりか。おそろしい数が想像される。 劉軍はちいさい軍団であった時期が長かったので、軍師文官といえど部屋に篭りきりというわけにはいかず、将兵と行動をともにし、剣を佩いて野戦に侍ることも多い。孔明はけしてなよなよした文官ではない。そうはいっても、武に猛る将星のなかにあってさえ精強を極める馬超の、その精のすべてを受け入れることなど、どだい不可能であるのだった。 「孟起…、ぁ…」 敷布は闇と同化して沈んでいるのに、孔明の肌色は闇に浮かんでいる。 透けるような繊弱な白というわけではなく、なにものも拒むような潔癖な白さが、孔明のあずかり知らぬところで馬超をひどく感心させ、また欲をかきたてていた。 後ろから耳朶をなぞるように舌が這わし、胸の突起をいじると、白い体がいやでも跳ねる。 わざとのように音をたてながら耳をねぶり、いくどもいじられたせいで愛らしく立ち上がった乳首を指の腹で揉みこむと、白い体は馬超の膝の上でひくひくとびくついた。 「…感じ易い」 孔明はいつも、反応してしまうのは馬超の手管が無駄に長けているせいだと責めるけれど、馬超はそれは違うだろうと釈然としない。これしきの愛撫でこれほどの反応が起こるのは、ぜったいに孔明の側の問題…つまり孔明が感じ易すぎるのだ、と馬超は思うのだ。どちらでも良いことではあるが。 片手では愛らしい乳首への愛撫を続けながら、片手の指先をきれいな黒髪にからめて梳く。 「美しいな」 馬超は孔明の顔や体を評するのに、躊躇いなくこの言葉を使う。本心からそう思う。 さいしょに美しいと思ったのは精神だった。孔明は、戦う為に育てられた、戦うことが本質である己とは違い、戦うべきように生まれついてはいない。 それなのに孔明はいつも、あらゆるものを相手に戦っている。闘争本能からではなく、ただ志したもののために。 孔明はすこしあやうい。まるで抜き身の刃のようだ。本来ならば戦うように生まれついていないものが、ひどく巨大なものと戦い、信念を貫こうとする。 意志の強さがどこからくるものか、馬超にはよく分からなかった。分からなかったが、美しいと思ったのだ。 馬超は心底に愛しいものにするやり方で髪にすくいあげ、それに口づけてから手のひらを返した。本人の気質をあらわしたようにまっすぐな髪は、するりと指の間をすべって散らばる。髪が流れるさまをおもしろそうに眺めて、馬超はふたたび孔明の耳に唇を寄せた。 耳朶を甘噛みされて、孔明はおもわず腰を浮かせる。孔明がそうするのを見越していたとでもいうように、慣れた仕草で馬超は孔明の肩を抱いた。 孔明の胸では片方の乳首だけが擦られて赤くしこっている。馬超はもう片方の、放っておかれて疼いているほうを撫で上げた。 「っ、…ふ」 堪えそこねた声が零れて、孔明はかるく頭を振る。 「声は堪えずとも良い」 馬超は睦言の甘さでささやいた。 耳にあたるささやきですら感じるのか、ゆるやかに起き上がっていた孔明の中心がひくりと震える。 「や、あ、…ぁ…っ」 「いい声だ」 舌さきで耳のふちをなぞり、尖らせた舌を耳の穴に押し込めば、白い体の中でひどく赤みを帯びて見える其処は、先端から愛液を滲ませてひくひくとちいさな痙攣をくりかえした。 馬超は孔明の足をひらかせると、愛撫を待つように震えている中心を素通りして、孔明の後孔に指をおしつける。 「や…、もう…できない…っ」 「…そうか?」 羞じらうようにきゅうと締まるのに含み笑いしながら、馬超は指の腹をなんども思わずぶりにそこを行き来して孔明を喘がせた。 じっくりとじらしたあと、これみよがしにゆっくりと指を押し入れる。今宵すでに馬超の精を吸った後孔は、抵抗もなく無骨な指を受け入れ、くぷくぷと甘い水音さえ響かせた。 馬超は長い指を、とろとろにぬめってすべりのよい襞を掻き分けて奥へと進ませる。 「あぅ、は…ぁぁ…っ」 やがて行き着くとことまで行きついて進むことを止めた指が内部で蠢くと、たまらず孔明は喉を反らした。男の精を味わった内部はとろりと粘液をしたたらせて男の指を締め付けている。くちゅくちゅといやらしい音をたてながら指先がうごめくたび、すらりと伸びた脚の爪さきがびくびく震える。馬超の膝のうえで脚を広げられ、隠しようもなく晒された孔明の中心では、先端からあふれる蜜が起ち上がった花茎をしとどに濡らしていた。 「…ぁ、ぅ…あっ…や、…やめ…て」 「やめる?そうなのか…?ここは、欲しがっている――」 「ひ――ぁんっ」 孔明の意識が霞みがかるなか、馬超はいっそう奥に指を入れて内部を突っついた。 後ろからまわった手が喉もとや胸を這い、戯れるように乳首を摘んだりする。白い皮膜におおわれた脚を開いて中心を勃たせ、さらに奥に男の指を含んだまま、孔明は泣き出しそうな、いっそ儚げなほどの風情で喘いだ。 「ぁ、…い、…達って…しまう…っ」 なかば意識を飛ばしながら孔明は身悶え、涙声で訴えた。 「い…ぁっ」 生理的な涙をにじませてぎゅっと閉じられていた孔明の目が見開いた。 いままさに極めんとしていたのに、孔明の中心は根もとがつよく握りこまれて、放出が堰き止められている。 「…一人で達せんとは、つれなくないか?」 「やっ、はっ……んんっ…!」 笑みを含んだ馬超の声はまぎれもない情欲でかすれている。 馬超はちいさく震える唇にかすめとるようにくちづけて、かたちよく伸びた脚をかかえあげ、膝に乗せたままの姿勢で孔明が身構えるひまもなく貫いた。 「あぁぁ…!!」 この稀なる美しいものをぜったいに傷つけたくないので、馬超はそれでもすぐに動こうとはしなかった。 のけぞった孔明の体からさいしょの衝撃が引くのを待ってから、軽く律動しはじめる。 ゆっくりと腰をつかい浅いところを何回か突いてやると、孔明は堪えきれぬ声をあげて馬超の雄を締めつけた。動きをとめると、背をそらせて悶え、泣き声のような可愛い声を上げる。美しい背中は汗でしっとりと潤み、雨を帯びた花びらのようにつややかだった。 馬超は自身を突き上げるのではなく、開かせた孔明の脚の、膝の裏がわを掴んで揺さぶった。 「はぁっ…あん…あっ…あっ……」 「孔明…」 刺激としてはむしろ弱いかもしれない。しかしその体位は、ひどく近くに孔明を感じる。孔明の喘ぎや、ちいさな震えのひとつひとつまでもが、馬超には感じることができた。 律動は浅くとも、孔明のなかには自身の重みも手伝って、馬超の雄が深々と咥えこまれている。 ときおり悦い箇所をかすめると孔明はひときわ高い声を上げ、揺れる花芯からとろりとろりと蜜がしたたった。 「い…あぁ、…ぁ…っ孟起…!」 「っ…ん?なんだ」 「も…う…もう…駄目、…ゆるして」 「…ああ」 実のところ馬超は、もっと、欲しい。……が、これ以上、孔明には無理なことが明らかだった。 馬超は繊細な腰をささえて、己のものをそっと抜き、孔明をうつぶせに横たえさせ、ひくひくと震える白い双丘にいちどくちづけたあとそれを左右に割り広げ、背後から挿入した。 孔明はもうくったりとしていて、挿入の圧迫にもほんのすこしうめくのみで、なかば意識を飛ばしていた。 それでも内壁はやさしく溶けて馬超に包みこむ。 馬超は激しく突き上げるような真似はせずに、とろとろと愛液をこぼす孔明の中心を手のひらでこすりながら小刻みに揺すった。 「あ、あ、……あっ」 朦朧と喘いでいた孔明がびくんとのけぞる。 馬超はしごいていた孔明のものから手をはなし、目を閉じてさいごの突き上げをした。 「んんっ…あ、ぁ、ああっ…!!」 射精は、殆ど同時だった。 とうとう気を失ったしまった情人をそうっと褥に横たえて、馬超は足音を消して寝台をおりる。 情事の余韻はあったが、気だるいというほどでもない。 それよりもあと始末をして孔明に夜着を着せ付けておかないと、あすの朝起きたとき、彼が激怒り狂うことが容易に想像がつく。 まあ、そうしていたところで怒るに決まっているが。 孔明は馬超の絶倫さを口をきわめて罵倒するが、しかし、欲しくなるのだから仕方ないのではないか。 まったく、触れれば触れるほど離れがたい。 だいたいの始末をつけて寝台に戻ると、褥は孔明の体温でひどく温かかった。 愛人の体を引き寄せながら、馬超はもう次の逢瀬の夜を待っている自分に気付いて、笑い出しそうになった。
お題「宵待人」。意味分からなくて、辞書引きました。(この時点でこんな高尚なお題を消化することに一抹の不安)
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