50題―22.隔たり-2

 


「こ、これを読んでくれぬか、趙雲」
主君から、書簡を渡された。
劉備は顔を赤く染め、うつむきがちで、声は上擦って、なんだか恥らう乙女のようである。
事情を知らない女官が通りかかったとしたら、あらぁ趙劉かしら〜と思うところだが、違う。
「諸葛亮に捧げる詩をつくったのだ・・・!」
趙雲はがっくり肩をおとした。
「ならば軍師殿にお渡しすればよいのでは?」
「それは――」
劉備がぽっと赤くなる。
「私に詩の才能はあるとは思えぬし・・いやヘタな詩だというのは自分でも分かっている!しかしこの胸のうちの溢るる想いを溜めてはおけぬ。勇気を出して、前に進みたいのだ、趙雲!それで・・・ちょっ、ちょっとだけでよい、ちらっと読んでみて、感想をきかせてくれぬか・・・こんな恥ずかしいこと、そなたにしか頼めぬ」
「・・・・・」
趙雲は、劉備の忠実な家臣である。
劉備のことは尊敬している、慕ってもいるし敬愛もしている。
だけど。
だけど、コレだけは勘弁してもらいたい(泣)

劉備が軍師をひどく気に入っているのは、そもそも三顧までして迎えたことで明らかだが、このところ、執着の度がすぎる。
どうやら同衾を繰り返しているうちに想いが生まれ、そのときはいつでも手が届くところにいるのだから、とかえって自重していたのだが、軍師の多忙を理由に同衾を断られるようになってから、想いの行き場がなくなり切なさが爆発している、ということらしい。

べつに趙雲は主君と軍師がどうこうなったところで、今までどうり忠勤に励むつもりだし、劉備がこんなに熱心に望んでいるんなら、叶えばいいのかなぁと思わなくもない。というか、どう思っていいのかよく分からない。
実のところ、あんまり関わりあいたくないのだが・・・そんなことを思うのは不忠なのだろうか?いやでも、君主がその一の軍師に宛てたポエムを読まなきゃならんというのは、護衛の任務じゃないと思う。

しかたなく趙雲は書簡を受け取り、ぱらりと開いた。
届かない月を好きになってしまった!!とかいう内容の詩だ。
はっきり言って、ヘタだった。本人が言った通り。
詩の事なんかまったく分からない趙雲が読んでも、一目でヘタだと分かるのがなにか悲しい。ついでにいうなら字もヘタだ。
「ど、どうだろうか、趙雲・・・」
劉備はもじもじしている。
頭をかかえたくなった趙雲には、もはや言うことなどない。
「よく、分かりません」
「な、なに!?それだけか!頼むっひと言で良い、何か言ってくれ!」
「問題ないのではないでしょうか。その、・・字は間違ってませんから」
「・・・!」
さすがに劉備も感じるところがあったのだろう。真っ赤になってしまった。
「ぅぅ・・見せるのではなかった。恥ずかしい・・」
涙目で言われても・・・無理やり見せたくせに。

「私は今日は、軍の調練があるので、これで失礼します」
劉備の警護は交代制なので、いつもいつも趙雲がついているわけではない。
きっちりと拱手したが、劉備はうるうると目をうるませて見上げている。
私を見捨てるのか、趙雲・・!
という声なき声が聞こえてくるのだが、そんなことを言われても。
「とりあえず、軍師殿にお渡ししたらどうですか、殿」
「しかし・・こんな陳腐な詩を、諸葛亮が喜ぶだろうか」
「軍師殿ならば、私なんかでは分からない詩の味わいを感じ取られるかもしれません」
「そ、そうかな」
疑わしそうに首をかしげた劉備だが、がぜんそわそわし始めた。ぴょこ、と立ち上がっては、すとんと座ったり。また立ち上がって部屋をうろうろしたり。
「では、夕刻にまた参りますので」
劉備は書簡をじぃ〜と見ている。
へたくそな詩を書くより、執務をしたほうが軍師殿は喜ぶんじゃないかなぁ、と思ったが、時間がせまっていたのでとりあえず退出した。



夕刻。調練を終わらせた趙雲は土埃でよごれた武袍を着かえてから宮城に向かい、劉備の室の扉を開けた。
なんだかどよーんとしている。明かりも灯っていない。
「殿!?」
「趙雲・・・」
「いかがしました!?」
「・・・・・」
劉備は膝をかかえてえぐえぐと泣きながら、書簡を差し出した。
見れば例の、月に恋をした!!の詩なのだが、なぜか朱筆でめいいっぱい添削されている。
「しょ、諸葛亮に見せに行ったのだ」
「・・はい」
それだけで趙雲は大体の事情を察してしまった。
「そしたら、『おや、恋の詩ですね・・どちらかの姫に贈るのですか、殿』と、・・・否定するひまもなく、『意中の姫君にお渡しする前に、私に見せたのは幸運でしたね。こんなヘタな詩を渡したら、姫に笑われてしまいますよ』と・・・笑いながら、諸葛亮は朱墨でさらさらと添削を」
「は・・ぁ」
「熱意だけでも伝わらぬか、と言ったら、『伝わりません』と」
・・・キツいな、軍師殿・・・。
そのあとは、政務の邪魔だと、あえなく追い出されたのだという。
はは・・・と劉備は力なく笑う。
「そうだ、殿の執務はどうされました?」
笑いが、ぴたっと止まった。
「・・・・」
じつに雄弁な沈黙であった。みると劉備の机には、書簡がぎっしりと・・・今日の分の政務はまるでやっていないらしい。明後日の朝には重要な朝議があって、積まれた書簡の内容はたぶん議題にあがるはずだ。
「殿、がんばって片付けてしまいましょう。政務に励まれれば、軍師殿のかたくなな態度もすこし変わるかもしれません」
「ぅぅ・・・」
とぼとぼと書簡の積まれた大卓につく劉備。趙雲は室に明かりをともした。
「そうだな、趙雲・・・私がもうすこし頑張れば、諸葛亮の負担も減るわけだし・・・」
「ええ」
諸葛亮が同衾を断っているのは、言葉とおり忙しいからだろう。それもこれも、君主である劉備の百倍くらい諸葛亮の仕事が多いからである。


「それにしても、殿はお優しい」
「ええ?」
劉備が執務をしている間は、室の外で警護につくことにしている。政務中の気を散らさないためと、趙雲が見てはならない書類も多いからだ。
黒々とした瞳をきょとんと見開いた劉備に、趙雲は面映そうに微笑んだ。
「殿がご命令なされば、軍師殿とて逆らいはできないでしょうに。それをなさらないとは、軍師殿の意思を大切になさっておられるのかと・・・」
なんか恥ずかしいせりふだ。劉備があまり一途で真剣なので、当てられたのかもしれない。
礼をとってそそくさと出て行こうとした趙雲だが、
「ば、馬鹿っ!考えてもいなかったぞ、主従で無理やりプレイなど・・私に逆らうのか、諸葛亮・・などと私が言うのか!?あ、あ、・・・想像してしまうではないか!」
「ちょ、殿――なに考えておられるんですか!」
「え?違うのか・・・そ、そうだよな、私に俺様攻めなどできるわけがないよな」
微妙にいかがわしい妄想を聞かされて趙雲は赤面する。劉備は劉備で真っ赤になっている。
「「・・・・」」
しばし互いに黙り、息を整えた。
「と、とにかく、私は外に控えておりますので。殿は執務にご専念ください」
「あ、ああ・・」
劉備がぎくしゃくと書簡を引き寄せる。1巻きをひらいたのを確認して、趙雲は今度こそ礼をとった。だがまだ冷静ではなかったのかもしれない。
「はやく終わらせて、軍師殿を同衾にお誘いすれば良いのでは?」
・・・趙雲の名誉のためにいっておくが、同衾というものにふつう性愛の意味はないらしい。
一日分の執務をためた劉備は、これから夜中までかかって書簡をかたすのだから、頑張ってください、という激励を込めて趙雲は言ったにすぎないが、劉備はバタリと書簡を取り落としてしまった。
「ああ・・・いま同衾すると、私は理性を保つ自信がないぞ、趙雲・・・以前の私はよく正気でいられたものだ・・・夜着の襟からのびる細い首とか、袖からのぞく白い腕とか・・・あれは衣冠を整えて立っておれば厳しくもおごそかな雰囲気だが、髪をおろして薄物一枚になったときの、肩の細さ、背の薄さのあやうさときたら」
「殿!・・執務をしてください!」
自分がこんなことを聞いてしまって良いのだろうか、いや、良くない!
「そうはいっても・・・だいたい、趙雲、そなたが話を振るからだぞ!」
「私が想像してしまってもいいのですか、殿!?」
「えっ?」
「殿に話を聞かされたら、髪をおろして薄物一枚になったときの、肩の細さ、背の薄さ・・とかいうことを、これから軍師殿を見るたびに私はきっと想像します。それでもいいのですか!?」
「よ、よくない、良くないぞ、趙雲!それはならん!!」
赤くなった劉備が大声を張り上げる。趙雲は真顔になり、静かな声で言った。
「では、執務を」
「分かった・・」

今度こそ趙雲は部屋を出た。といっても廊下ではなく、別室になっている。執務の補佐をする文官や侍従が詰める場所なのだが、日が暮れているので誰も居ない。
それにしても、主君はほんとうに一生懸命だ。
軍師殿のほうはどうなのだろうか・・・?
ちらりとだけ考える。まったく分からなかった。開けっぴろげな劉備とちがって、あの軍師は秘密めいた雰囲気がある。恋愛関係なんか、とくに想像がつかない。
いけない、待て、と趙雲は頭を振る。
自分は臣下だ。主君の恋情について、考えたりするべきではない。
ふ・・と息を吐き、槍を持ち直す。
控えの間はある程度くつろげるようになっているのだが、趙雲はいつものようにびしりと直立して立った。    
 






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(2009/8/29)

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