湖に行こう1 趙孔(私設)

 


目覚めたらなぜか主騎が隣で寝ていた。というのはすぐに記憶が戻ったから良いのだが、なぜかなぜか、陽がとうに昇っていた。
「うそ、でしょう」
燦々と麗らかに差し込む日の光が、目に痛い。

これもなぜか、埋めてしまうかのように二重に掛けられている布団からごそごそと起き上がる。
趙将軍、と隣で寝ている男を起こそうとして、そうだ彼は非番であると気づいて声を飲み込んだ。
しかし声を掛けるまでもなく、軽いうめきが上がったあとに、横向きで寝ていた男がゆっくりと身を起こした。

「「おはようございます」」
同時に言い、同時に目をそらす。
一応、寝起きの顔を凝視しないほうがいいだろうという配慮だった。

「軍師殿、今日は俺に付き合っていただく」
盥の水を分け合って洗顔し、顔を拭きつつ趙雲が宣言する。

「はい?」
同じく洗面を終えた諸葛亮が振り向く。睡眠が足りた顔は、相変わらず無駄なほど美しい。
諸葛亮はもうあわてて仕度して執務に向かうことをあきらめていた。

「なにか気にかかることでもありましたか」
新任の軍師は、賊の討伐から帰ってきたばかりの男の申し出を、無下に断りはしなかった。

「そうですね」
趙雲は一瞬、考える。
防衛の拠点を見に行く、とでもいえばほいほい付いてくるだろう。とはいえ、それでは執務の一環となる。

「最近、無理をしているでしょう」
端的なところから攻めることにした。

「あなたに無理を咎められるなんて。・・・聞きましたよ、賊の拠点に深夜、1人で侵入なさったそうですね。内側から門を開けるという手はずだったということですが、待っていた兵卒は生きた心地がしなかったと、半泣きで語ってくれました」

「勝算が高い賭けは、無理ではありませんよ。戦略です」

「おひとりで突出するのは、どうなのでしょうか。将軍の腕や思慮を、疑うわけではありませんが」

「そのお言葉、そのまま返します。あなたが夜中までおひとりで執務に励まれるのは、突出と言えるのではないですか」

「それが一番の近道なのです。効率を求めるならば。時間がないのです」

「俺だって同じだ。最も早く、効率が良いと思ったから行ったまで」

仏頂面で言い切ってから我に返った趙雲は、苦虫を噛み潰したような顔で、寝乱れた髪を掻き揚げる。

「議論はやめましょう。俺が言いたいのは」

寝巻き代わりに着ていた単の上衣を脱ぎ捨て、上半身をさらして物入れをさぐり、馬を駆るの適したしつらえに袖を通す。帯を結ぶ前に髪をまとめてしまおうと、結い紐を口に咥えて髪を上げた。

ふと見ると、軍師がなにか衝撃を受けた様子で固まり、まじまじ趙雲を見ている。

「・・・軍師?」

「あ、いえ、その」

なにが衝撃だったのかあわてた様子で目をそらし、背を向け、軍師もさらりと衣を落とした。

「ちょ、待、」

趙雲も衝撃だった。男の部屋で服を脱ぐな、と言いかけたが、ものすごい矛盾に気づいて口をつぐむ。考えるまでも無く男同士だ。趙雲だってさっき平然と脱いだ。

黙然と背を向け合って、お互い髪と着衣を整える。

「なんの話だったでしょうか。そう、無理をしているとか、今日はあなたに付き合うようにということでしたか」

振り返った軍師はもう通常の沈静を取り戻していた。
趙雲も平常を取り戻す。

「そう。俺もあなたも効率を求めすぎています。無理をしていては長くは持たぬ、と主公の仰せもありますので、本日は休日ということにして、俺にお付き合いください」

実のところ趙雲は賊の討伐について自分が無理をしたとは毛ほども思っていなかったが、議論を避けるため、そういう言い方をした。

「良い季節です。森の湖にでもお連れしましょう」

「・・・湖」

すこし表情を動かした軍師に、趙雲は畳み掛ける。

「実はその森というのは防衛上の要衝にあるのです。そこに至る道筋を確認するのは、荊州防衛に有効でしょうね。それに」

でも執務が、などと言い出さぬよう、続ける。

「乗馬を覚えていただく。軍師は前に、習いたいと言っておられたでしょう。湖への道には山もあり平原もあり、人は少ない。馬を走らせるにはうってつけです」

趙雲はどうだといわんばかりの笑みを浮かべて見せた。
諸葛亮は挑戦するような武人の笑顔を面白そうに見て、にこりと笑んだ。

「無茶な職務の進め方を一時留保して、気晴らしをしつつ、軍事要衝も確認するついでの乗馬の技も習得できるなんて、なかなかに効率の良い一日に過ごし方ですね」

この軍師の笑顔はたちが悪いほどに美しく、声もまた美声である。
虹の光彩のような笑顔と笑声に趙雲は目を細める。

「では、馬を用意して中庭でお待ちする」

「動きやすい服に着替えて、参ります」

そこで一旦別れた。


趙将軍の私室から軍師が、日も高くなってから明らかに昨日と同じ服で出てきたのだから、道行く衛兵は魂が飛ぶほど驚き、城内ではものすごい噂の嵐が吹き荒れるのだが、それはまた別の話である。

 






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できてない趙孔たのしい・・・・・

(2014/6/18)

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