夏空~虹の向こう側 趙孔(私設) |
01:どこまで本気? ⇒⇒どこまでも、本気。 陳到(ちんとう)、あざなを叔至(しゅくし)。 劉備の家臣であり、趙雲の同僚の武将である。 劉備との出会いは趙雲の方が先であるし、また武力や指揮能力その他の差により、将軍としての格は趙雲よりやや下であった。 その陳到が、主君である劉備と話しているところに、趙雲が現れた。 表情が、重く、暗く、堅い。 まるで謀反人を2、3人斬り殺してきました、みたいな雰囲気だ。 もっとも趙雲は普段からそう明るい男ではない。かといって、暗い男でもないけど。 クソがつくほど真面目で、めったに笑わないだけだ。 しかしながらたまに笑うとその破壊力やすさまじく、正面からみた女人はかなりの確率で惚れてしまう。 しかし趙雲にそのつもりは無く、笑ったのだって、敬愛する劉備の話題にふと微笑んだ、とかいうオチだから、肩透かしを食らわせて泣かした女は数知れず。 まさに歩く女心破壊兵器。はた迷惑きわまりない男である。 「おお、子龍」 「主公」 拱手も生真面目かつ堅苦しい。それでいてぱらりと横顔に落ちかかる髪に何か色気があったりするのだから、色男とは凄いもんだと陳到は感心するしかない。 「主公に用か、子龍。俺、外すわ」 「いや、ちょうどいい。二人に聞いていただきたい」 「ほう。改まって、なんだ」 主公が目を丸くする。重く堅く、暗い表情のまま、趙雲がおもむろに口を開いた。 「軍師に、惚れました」 え、なに。いま俺なにを聞いた? なんか、謀反人100人ぶっ殺してきましたけど何か?――みたいな口調だったけど、そうじゃないよね。 「ほう、なんと。子龍、お前にもとうとう春がきたのか!」 え? ご主君、いったい何を言ってるの。 「おお、とすると、南陽まで行っておったのは約會(でえと)というやつだな!?わっははは、お前の白馬に相乗りして出掛け、夜更けにこっそり戻ってきたのは知っておったが。なんと、そういうことであったか!」 「主公・・・戯言を申されますな」 趙雲が眉をひそめる。 すげえ常識的な意見だ、さすが子龍。 ってゆうか主公興奮しすぎ・・それに情報網すげえ・・夜更けにこっそり帰ってきたことなんて、なんで知ってるんだ。 「南陽は、軍師殿が書物を所望されましたので、随従したまで。・・・新野の城には書庫が無いと、嘆いておられたゆえ」 「書庫な・・・まあ、誰も書など読まぬからな。関羽は本好きだが、あれは、同じ書を繰り返し読む性質だし」 主公ががりがりと頭を掻いていたが、ふと顔を上げた。 「え、・・・じゃあ、子龍、まだなのか?」 「まだ、とは」 頭痛でもこらえるように、趙雲の眉間に皺が寄った。 「まだ、やってないのか?」 本当に頭痛がしたように、趙雲が額を押さえた。というか、手で顔を覆った。 「・・・しておりません。何も・・主公」 絞り出すように言って、挙措を正し、苦渋に満ちた表情で重苦しく口をひらく。 「軍師の主騎を、解任されますか」 「え、いいや?なんでだ?」 「なんでって、」 ほんと、主公ってすげえわ・・底知れねえ度量だわ・・・俺、子龍を絶句させる人間って、あんまり知らんもん。 「想いを、遂げても良いとおっしゃるのか」 「孔明も望むなら是非もないな」 「俺は、引き離されるとばかり。いえ、そうなる前に離れようと――」 「ええ?引き離して、どうするんだ?あれはどうあっても、守り切ってもらわねばならん。守る動機が忠誠だろうが私情だろうが、別にどうでも構わん」 「俺は、どうすればよいのだ、叔至」 「えっと」 すげえわ子龍に相談される日がくるとは・・・しかも恋愛相談・・・すげえとしか言いよう無いわ・・・ 主公の居室から退出して、ここは趙雲の部屋である。 「あ、でも良かったな、この部屋いいじゃねえか、子龍」 子龍の部屋は、突き当りの角部屋なのだ。二間続きで、扉を開けると居間、奥が寝室。 「寝室が、角部屋だろ。隣に、音が聞こえなくていいんじゃねえ?」 「音?」 何言ってるんだコイツ、みたいな視線でじろりと俺を見下ろした子龍は(あ、俺、子龍よりちょっとめ身長ひくい)、次の瞬間、絶句した。 「うっ・・わぁ俺、すげえ、主公に続いて子龍を絶句させたよ俺すげえ」 「この部屋に・・・あの人を、・・・?」 寝台をじっと見るあたり、意外と素直。というか、男だよなぁ・・としみじみ。 っていうか、惚れた、ってやっぱそういう意味なのか。 見守りたいとかそういうんじゃなくて、寝台に連れ込みたいんだよなぁ。やっぱ俺たち男だもんな、軍師殿も男だけど。 「まあ、一応協力するわ」 「いらん」 「あーそっち方面じゃねえよ。お前の軍の調練とか城内の警護とか、なるべく融通する。どっちにしろ、主騎として動くんなら必要だろ」 「・・・・」 唇を引き結んで、子龍はどさりと寝台に腰をおろした。 おそろしく整った容貌でじっと虚空を睨み、唇の前で手のひらを合わせている。 「・・・それは、感謝する」 「軍務だ。俺も劉備様の将だぞ。礼なぞいらん」 「それでも、だ」 「うん」 「・・・どうした、ものかな」 「さあな。子龍のしたいようにするしか、ないんじゃないの」 「したいように」 「そ」 「叔至は・・あの人の弁舌を聞いたことがないのだろう?」 「ああ。面識ねえもん」 「あれは、天賦の智者だ」 「やっぱ、そんなにすげえのな。主公の入れ込みようからして、そうなんだろうとは思ってたけど」 「天が、主公に遣わしたのではないかと思う」 「うーん・・・巡りあわせ的には、そういう言い方もあるかもな。でも、軍師殿は人間なんだぜ、子龍。間違えるなよ」 「分かっている。あれが天人かなにかならば、悩まない」 「・・・手を出してもいいか、どうか。か」 子龍が嘆息し、身体を丸めた。 「想いを告げ、万が一にも受け入れて頂いたとして、俺は―――彼に何を与えることができるんだ・・・?いずれ一の軍師として主公のとなりに並び立つ、彼に」 「おまえ、本気なんだなあ、子龍」 まあ、わざわざ主公に報告に行くくらいだ。本気以外の何物でもないんだろう。 「俺は」 「ん?」 「人を好きになぞ、なりたくなかった、叔至。・・・まして、ご主君に仕える家臣同士で。それも」 子龍は虚空を睨んでいた目を、閉じた。 「彼は、軍師だ」 「ああ、うん・・・」 軍師というのは、戦場における戦略立案をになう参謀。 俺たち武将と兵を動かし、生と死をも司る。 「始まる前から、諦めるのか、子龍」 「・・・・」 返答は無かった。 劉備様から命じられた主騎を、降りようとしたくらいだ。 この、乱世で。 本気だからこそ、叶えてはいけない想いというものが、存在するのだろうか。 子龍の部屋を出て、自室に戻ってから陳到は、子龍がしていたようにどさりと寝台に腰かけた。 「しっかし・・・すげえことになったな」 やってくれるなあ、軍師殿。 主騎についてからいったい何日がたったというのか。 あんだけ見詰めただけとか微笑みかけただけとかで女を落としまくり、容赦なく振りまくっては、女好き、女泣かせ、なんていう全く実情にそぐわない異名を付けられている男を。本気にさせた。 「あーああーあぁ・・・何だかな、放っておけねえなー・・・放っとくしかねえんだけど」 きっと今夜は眠れないのであろう蒼い龍を思って、陳到はふわあとあくびして伸びをした。
(2019/10/5)
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