1 閲兵 *藍色趙孔
宮城を取り囲む城壁のもっとも高いところに、その櫓(やぐら)はある。
普段は見張りの兵が立つが、広大な馬場を有する調練場を見渡すのに都合がよく、調練を見るためによく登っている。
眼下では西涼から新参した騎兵軍と、子龍の軍が模擬戦をしている。
もうもうと土煙を巻きあげて騎馬がぶつかり合った。
騎兵を突撃させる戦において、馬家の騎兵は精強を極める。それでも粘り強く張り合って崩れない子龍の用兵に感嘆するとともに、負けず嫌いだなと、羽扇の影で笑ってしまった。
高所のために仲秋の風が蕭々と吹き抜け、体が冷えた。
自室に戻ると、椅子に、武官用の外套が掛かっている。
手に取って広げる。彼の気性を表して何の飾りもない。くるまってみる。太陽と砂塵に混じる彼の匂いに包まれる。
自室にいとしい人がものを置き忘れていて、それが自分を温めてくれる。・・・なんとも心がほっこりとするものだ。
彼は騎馬戦で勝負がつかないことに焦れた馬孟起に一騎打ちまで挑まれて、応戦していた。さぞかし殺気立って戻ってくるだろう。温厚にみえて彼の本性は穏やかではないのだ。
「温めた酒でも用意しておこうか・・・?」
私も彼をあたためたい。
その日、今年はじめて炉に火を入れた。
2 山の幸を収穫に *できてない趙孔
「軍師。止まれ」
趙雲はおもわず大声を出した。
黙っていれば天上の夢幻のごとく無駄としか思えぬほどに美しい文官は、農民が着るような粗末な衣服に身をつつみ、中ぶりな竹籠を背負ってすたすたと城門から外へと出ていこうとしていた。彼に付けた護衛兵があたふたと後を追っている。
止まれ、と趙雲が怒鳴ったので、彼はぴたりと止まり、ぐるりと周囲を見回した。
城門の上にいた趙雲は、回り道するのが面倒になり、無造作に飛び降りる。城壁の途中に点々とある篝火を燃やすための黒鉄の棒をつかみ、身体を回転させて、着地する。ざっと砂煙が舞い上がった。
「どちらへ行かれるのです」
曲芸めいた身のこなしにぱあっと目を輝かした軍師が、とたんにしゅんと眉をひそめ、心配げな表情になった。
「主公が、お風邪をひかれたのです」
「それは知っておりますが」
「薬草を採りに、山へ。必殺の薬をつくろうと思っております」
「殺さないでいただきたいのだが」
眉間にしわを寄せうろんな視線を向ける趙雲に、軍師はゆるやかに首をかしげる。
「誤解をしておられますか?病の根源を必殺するのですよ・・・主公が心配なのです。若作りでいらっしゃいますが、お年もお年なものですから。百まで長生きをしていただきたいものですのに」
劉備が聞いたら色んな意味で泣き出しそうなことをさらりと言い、「では、行ってきます」と諸葛亮は背を向ける。
護衛兵がおろおろと、すがるように趙雲を見ている。
一般兵に、この人の御守りは荷が重い。城内ならばともかく。
いくばくかの間をおいて考えた趙雲は、
「俺は軍師の伴で城外に出る。陳到にそう伝えろ」
護衛兵に言い、ついで城門の上にいる部下に合図を送り、防寒用の外套を投げ落とさせた。
軍師は多才なる賢者である。多少変人であるにしても。
山中に分け行った彼は稀少な薬草をたやすく見つけ出し、そして籠いっぱいのキノコを収穫した。正直、薬草よりキノコのほうが遥かに多い。
「ああ、将軍。ちょっと熊を狩ってきていただけないでしょうか。なるべく大きいのを。熊の肝はよい薬になるのです」
「――あなたは俺を何だとおもってるんだ」
「え?」
軍師が目を見張る。
「強くて誰より頼りになる趙子龍殿」
「おだてても無駄です」
「熊は無理ですか」
「無理ではないが。持って帰れない」
熊と戦ったことはないが、まあ、何とかなるだろう。しかし持ち帰れないことに加えて、熊と戦ってるあいだこの軍師を野放しにしたら妙なことが起こりそうな気がして、駄目だ。目を離してはならない気がする。
結局、丸々と肥えた雉を獲った。軍師が仕掛けた罠に趙雲が追い込むという共同作業にて。
「良い収穫が得られました。はやく戻って雉とキノコの鍋にいたしましょう。薬も調合しなくては。主公はきっとお元気になられます」
満面の笑みを浮かべる軍師の顔には、木漏れ日がきらきらと降りそそいでいる。軍師の顔についた汚れをぬぐってやりながら、趙雲は「ええ」と苦笑した。
足取りも軽く山を降りる。
カゴにはキノコに加えて、木の実や山菜があふれんばかりに追加されている。この山の幸をまるごとぐつぐつと大鍋で煮込めば、さぞかし美味いものが出来上がるだろう。
「あなたといると、食いっぱぐれなさそうだ、軍師。――無人の孤島に取り残されても、あなたとなら生きていける気がするな」
「私もそう思います。無人の孤島に行くなら、あなたと一緒に行くのがいい。将軍」
21世紀の現代だと、“無人島に一緒に行きたい人”イコール“運命を共にしたい人”という心理学的判定もあったりするのだが、紀元205年の時代を生きる二人はもちろんそんなことは知らないままに、見つめ合い、笑い合った。
3 宴の衣装 無双
蜀の都・成都は錦織物の製造がさかんで、蜀錦とも呼ばれる。
「丞相閣下へ」
官工房より色とりどりの礼装を献上された。劉備と後宮には、別のものがあるという。
教養があり雅やかな趣味を持つとおもわれる女官を呼び寄せ、諸官に分け与えるように頼んだ。
「かしこまりました。ちょうど明日には宴がございます。皆様に着飾っていただきましょう。丞相も」
「私の分は結構です・・・」
衣装に興味はない。
無視していると、着せられたのは公務に着る白の表袍と似たものだった。光沢のある白の表袍、木漏れ日に揺れる水面のような爽やかな青碧の内衣。同じ色合いの布で髪を結び、水晶と翡翠の珠玉が揺れる銀のかんざしを髷に挿される。
宴席で、文官武官が次々と挨拶に来る。
「丞相。衣装を下賜して頂き、かたじけない」
皆、示し合わせて献上品をまとっている。
染めや織りの出来がよく、刺繍も華やかである。皆、上機嫌だ。
「似合っていますよ」
「丞相もです」
「いつもと、変わりませんが・・」
「いつにまして清雅であられます」
似合うものを選べるのは、人をよく見ているからだろうか。女官に褒美をとらせなければ。
彼も、武官用の礼装をまとっている。
黒髪をきれいに結わい上げて髻を成し、白の袍を着ている。戦装束でない姿もあでやかに凛々しいが、白とは、また清麗な。揺蕩う水面のように濃淡の変わる内衣を目立つように出し、黒と浅葱を織り交ぜた帯に艶が漂う。
宴席で立ち働く女官を見かけて、問う。
「なぜ趙将軍に、白い衣装を選んだのですか」
「おそろいです」
女官は華やいだ笑いをもらす。
「あとで、並んでくださいませ」
「女の勘はおそろしいものですね。貴方とのお付き合いは、秘密にしておりますのに・・・」
声をひそめて嘆息すると、「皆、知っているとおもいますが」何と言う事もなく言われて、絶句する。
私は驚いて、狼狽してしまったのに。彼はのんきに、
「白は、汚してしまいそうで落ち着きません。よくあなたはいつも着ておられるものだ。はやく脱ぎたいですよ。髷もきついな」
笑って、髪に手を差し込み、折角きれいに結わい上げていた髷をぐしゃぐしゃと崩してしまった。
4 なに考えてるの? *できてない趙孔
劉備に来客があって小宴となり、警護をかねて酒席に連なっていた趙雲は、最後の客を送り出すために回廊を歩んでいた。
恰幅のよい身体に白と紫の雅な袍を着込んだ豪族は、たいそう金持ちの趣味人であるということだった。酒席でのふるまいや会話からも、教養や趣味の高さがうかがい知れた。
「おお・・・」
豪族が足を止め、驚きのまじった嘆声をあげる。
庭に、月がいた。
正確にいうと、濃い藍色の夜空に皓い半月が浮かび、庭の池のそばに白袍をまとった軍師がいた。
皓皓とした月光にその身をさらし、宙を見上げている。 愁いを帯びた表情、かたく閉じた淡色の唇・・・わずかに傾けた首筋にまで憂いが漂っている―――ように見えなくもない。
彼が、ふと身じろぎ。風に吹かれた髪を白い指でゆるやかに払いのけ、目を伏せて、ため息をついた。
豪族がうなる。
「・・・嫦娥でさえも、ああは美しくはあるまいな」
「はあ」
思わず気のない返答をしてしまったが、豪族は気付いたそぶりもなく、立ち止まったまま動こうとしない。
「あれは、どなたか」
「わが軍の軍師ですが」
「ではあれが諸葛孔明?」
「そうです」
ぅむむむ、と豪族はうなった。
「憂わしいな・・・なにを考えておられるのだろうか」
「さあ」
軍師の思考など、趙雲の知ったことではない。軍事行政外交から武器の発明・薬の調薬から保存食の調整まで彼の職務と趣味は限りなく広く、まして思考ともなれば森羅万象あまねく宇宙の真理から今日のおやつに至るまで、幅広すぎる。
ふぅむむむ、とまた豪族はうなり、はぁぁと大きなため息をつくと、趙雲を振り返った。
「挨拶をさせていただきたいがどうも、・・・盃にうつった月のように儚く消えてしまいそうな風情だ・・・話しかける気がせぬ。後日、改めて会談の場をもうけたい。ついては、何かお贈りしたいのだが、軍師殿は、なにか欲しいものでもおありになるだろうか?」
さあ、と再度趙雲は返答する。
「のちほど貴殿に使いを送るゆえ、それとなく尋ねておいて下さらぬか。何とか、わずかなりと笑っていただきたいものだ――」
馬車に乗って帰る豪族を見送り、趙雲は回廊に戻った。
ちょうど軍師が回廊の手すりを乗り越えようとしており、まるで童子であるかのような振る舞いに呆れつつ、手を貸す。
「趙将軍。よい月夜で――――」
「軍師」
手すりを乗り越えて廊下側に降り立ったのを見計らって、握った手を強く引いた。
体勢をくずした体を腕の中へと迎い入れ、勢いよく胸にうちに降ってきた細い肢体を抱きとめる。確かな重み。
これのどこが、盃にうつった月のように儚く消えてしまいそうなのだ。
重みと温もりを胸に抱いたまま、趙雲は尋ねた。
「なにを考えておられたのです」
え?と軍師は不思議そうな顔をしたが、首をひねって考え始めた。
「それはさまざまにいろいろな事柄を考えておりましたけど。そうですね・・・・さいごには、栗ごはんが食べたい、と思っていたような気がいたします」
鼻にしわを寄せた趙雲は、なげやりにもうひとつ尋ねた。
「いまもっとも欲しいものは?」
「それもまたいろいろとさまざまにありますが・・・そうですね、あえて今現在ひとつだけと申しますならば、栗のお菓子」
どれだけ栗が好きなんだ。
趣味人の豪族が送り込んでくるであろう使者に、何と答えたものか・・。
というか。こんな深夜に、栗のことばかり考えているなど。
「食事を取っていませんね、また」
「ええと・・・まあ、そうかもしれません」
おなかすいた・・・・と月も霞むほど深刻な憂い顔で訴えるので、趙雲は心底からのため息を吐き出し、
「いまなら厨房に、宴席で出た料理がある」
彼の手を取ったまま歩き出した。
5 琴 無双
私は琴の名手だと言われている。
秋の月のように冴え冴えとして美しいのだが、冷たい
まこと情感も熱情も、面白みもない
影でそんなふうに言われていることも知っている。
園庭で月光の下、琴を弾じる。心の向くままに。
四阿で、彼がうたたねをしている。寝衣の肩に濃藍の袍を羽織り、四阿の白壁にもたれかかり、体をすこし丸めるようにして。
「私の琴は、冷たいと言われますが。貴方はいつも子守唄にしてしまいますね」
「心地良くて、つい」
ばつが悪そうな様子で髪を掻き揚げる。
「あなたは、冷たくありません」
琴を仕舞っていると、背後から声がした。真摯で、優しい声だった。
後ろから腹部に片腕が回り、髪に鼻先を埋めてくる。
「冷たいなんて。あなたの本質を知らない者の言う事です」
「子龍」
手の上から、彼の手が重なる。弦に触れてかすかな音が鳴った。
彼の手を熱いと感じるのは、私の手が冷えているからか。
持ち上げられた手に唇が触れた。指先、手の甲の側の手首に口づけが落とされる。慈しむように。指先に熱がともされて、夜風に奪われた血のめぐりが戻ってくる。
身体の向きを変えられて向かい合わせになると、口唇が近付き触れ合った。触れ合わせるだけのゆるやかな接吻のあとで、耳の後ろから顎などへと唇が移動し、段々と拘束が強まった。
「・・ですが、孔明殿」
耳朶に舌を押し当てられて、くちゅっと濡れた音が脳蓋に響き、思わず背がしなった。
「あなたの体のあたたかさと熱さは、私だけが知っていればいい」
声音は、優しさから、色を帯びたものへ。艶を含んだ雄の顔をした蒼将の手が衣服の下に忍び入る。白袍の下の肌をいいようにされながら。私はひそやかに笑った。
子龍。あなたは寝顔ですら凛々しく男らしい。
でも私の琴を聞きうたたねをするあなたは、安らいで少し微笑んでいて。まるで、子どものようなのです。
そのことは、私だけの秘密としておきましょう・・・
6 薫香 特殊設定 蒼龍(α)×白龍(Ω)
「あなたの匂いが、不快でしょうがないものでしてね。諸葛亮殿」
この相手とは、まれに、同室で政務をおこなう事がある。
そんな時はむせるほど香を焚かれる。
数か月に一度やってくる発情の時期のほかは匂いを発しないはずだが、この男はことさらに敏感だ。そんなに繊細なふうには、見えないけれど。
「そうですか」
さらりと流して書簡を広げ、懸案事項の検討にはいった。
墨香のただよう自室が、落ち着く。
疲労感にぼんやりと虚空を眺めていると、控えめな声とともに彼が姿を見せた。
私はおそらく不快な顔をしている。彼の精悍な肢体から濃い香の匂いが漂っている。こってりと甘くて濃厚な。
若君のお相手をして、後宮に。
女官の脂粉と薫香の匂いか。心地の悪さに顔をそむけると、彼もまたひどく苦々しく顔をしかめて、私の肩に手を置いた。
麝香の匂いだ。黒龍殿と同室で政務を?
法の整備をする必要がありましたので。
あの方はなぜあなたに、自身の香をこうもきつく移すのか。
知りません。
言い争いに果てはなく、口をつぐんで共に沐浴へと向かう。
髪までも洗い流し、息をつく。
あとから出てきた彼の艶やかに濡れた髪を拭く。もう水の匂いしかしない、鍛えた首筋に鼻先を埋めた。
子龍。貴方に、私以外の匂いがついているのは嫌なのです。
首の筋をなぞり、うなじを舐める。
ぶるりと体躯を震わせた彼が振り返り、私の手を取る。
私とて、同じです。
彼は、私の手首の裏側に口付けた。
7 すべての秋(とき)をあなたと 私設・晩年趙孔
季節の変わり目に、すこし寝込んだ。
形ばかりに衣服と髪を整えて外に出ると、子龍と姜維がいて、子どもたちとたわむれている。
男児と女児が5、6人ばかり。諸侯の子であろう身なりの良い子どもも、下働きの子なのだろう粗末な身なりの子どももいる。わけへだてのない扱いが、子龍らしい。
小径を掃き清めて落ち葉を集め、焚火をしているようだった。
ぱちぱちと音がして、香ばしい匂いが漂っている。
「起きてよろしいのか、丞相」
人目があるので、子龍の言葉づかいは堅苦しい。
「ええ。だいぶん良くなりました・・」
女児が姜維に近寄り、何かを渡そうとする。
姜維はたいそう顔立ちの整った将であるが、愛想はまるで無い。この時も仏頂面のまま、それでもかがみこんで女児と視線を合わせ、差し出された、小さな薄紫色の花を受け取る。
女児はきゃあとはしゃいだ笑声を上げ、仲間たちのもとへ駆け戻った。
残された若い将は立ち上がり、所在無げに手中のちいさな花が風に揺れるのを見ている。晩秋の強く冷たい風が、若木のようにしなやかな彼の髪を揺らした。
子どもたちがはしゃいで遊ぶ。貴賤も、男女の区別もなく。
地面に何やら陣地を描いて石を投げ入れる遊び。わらべ歌に合わせて片足で飛んだり跳ねたり、藁でつくった玉を地に落とさないように蹴り合ったり、とつぜん始まる追いかけっこ・・・
健やかな笑い声があたりに響く。
「子龍」
「は、・・」
「子を、・・・あなたに持たせなくて、すみません」
子龍はすこし前に、養子を迎えた。男の子を、二人。跡を継がせるために。おそらく趙家を存続させるためではなく。蜀漢を守護させるために。
「丞相―――・・・・孔明」
「・・・はい」
「青春の日々を春、壮年の時期を夏とするならば、私たちはいま、秋にいるのでしょう」
「・・・・」
「春も、夏も、あなたと過ごしてきた。この先の、秋も、冬も。共に、おります」
子龍。
春も、夏も、秋も、冬も。いくつも越えて歩んできたすべての季節、どんな時もいつも貴方がいた。
離れているときも同じ空を見ていた。同じ過去を共有し、同じ未来を夢見て戦いを続けた。
これからも。
「あなたが女人であれば良いのにとは、思ったことはありません、孔明。ですが、あなたの子なら、欲しかった気がする」
「さすがに、産めませんよ。あしからず」
「神算を操る丞相でも、無理ですか」
悪戯っぽい視線を寄越されて、少し笑った。
「そうですね、あなたの子は、私も見たかった」
「養子の子らも、良い子たちです」
「そう・・・」
子どもたちが何か言い争いの喧嘩をして、身なりの良い女児が止めにはいった。さっきからこの集まりを先導し、取りまとめているのはこの少女だった。小さい時は、女の子のほうが活発であったりもする。小柄だが、利発そうな顔立ちで、髪に飾った作り物の小花がたいそう愛らしい。
「女の子も、良いものですね。もし女の子があったら、・・・髪を飾ったり。蜀錦の官工房で衣装をあつらえてもらってもよいし。ああ、音楽も教えたい」
ほんの戯れ言であった。
「丞相の、御子・・・娘?」
それなのに子龍は急に真顔になって、何事かを考えだし。
「娘は、駄目です。嫁にやるときが来てしまう」
「まあ、そうでしょうか」
「いや、やりませぬ。娘は、嫁になぞやらぬ。よほど強く優しい男でなければ。そう、私を倒すくらいの強さと気概がなければ。絶対に、嫁になぞ出しません」
子龍の声が高くなったので、遊んでいた子どもたちがいっせいに振り返り、きょとんとしている。
「趙雲様に、娘御がいらっしゃるの?」
「お嫁にやらないんだって。趙将軍を倒さない限り」
「ええと。おれのしかばねをこえて行け、というやつ・・?」
「全然違う。むしろ絶対しかばねになるやつだ・・」
「娘御様は、嫁き遅れておしまいになるのではなくて?」
子どもらがささやき合う。
そこへ過剰なほどに大量の枯れ落ち葉を集めて持ってきた姜維が、それをすべて焚火にくべた。
もうもうと白煙が立ち込める。
「わぁっ姜維さま。焚きすぎです」
「丞相の御子の話ですか?丞相に、娘御がおられたのか」
「えっ、丞相様の御子のことでしたの?」
話が混迷してきている。
いや、ただの喩えばなしで、と笑おうとした直前、子どもの一人が手を打った。
「丞相様の御子が娘御で、趙雲様を倒さないと、お嫁にもらえないの?」
「あ、それなら何だか分かる・・・」
・・・それなら分かるとは、一体?
「丞相の御子―――娘御であられるなら、私がいただきたい」
姜維が仏頂面のままきっぱりと言う。
この子はとても聡明であるのだが、思い込みが激しい上に、少し空気が読めないな・・・と私が思った通り、子龍が目を剥いた。
「だから娘は、やらないと言っているだろう!私より強い男でなければ」
彼の剣幕に、姜維が驚いて目を見開き、ぎりっと眉を逆立て聞き分けの無いふうにぐっと唇を曲げ、爛々と目を光らせて剣呑な闘気をみなぎらせた。
「そこまで言われては、引けません。私の日々の研鑽の全てをもって倒してみせる。趙将軍、いざ、お相手を」
「よくぞ言った」
子龍までもがその気になって、槍に手を伸ばす。
・・・彼らはいったい、何を賭けて戦うのか。
焚火のそばにしゃがみこみ、炎に手をかざす。
「丞相様。お芋が焼けました」
やけに香ばしい匂いの正体は、芋であった。
「皆の分はあるのですか?」
「はい。趙雲さまがたくさん持ってきて下さいました」
手巾にもらい受け、火傷をしないように半分に割り、皮を取って口に入れる。
豊穣の秋の、甘い味がした。
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アトガキ ≫
(2019/10/26)
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