投果と宝玉  趙孔(無双)

 



風が木戸を揺らした。外は木枯らしが吹いている。樹木の葉を落としすべてを冬枯れさせ、不毛の地へと変えてしまう北からの寒風。

室は、無言で満たされていた。寒々しい荒野のように。凍りついたように。
屈辱と失望、嫌悪感。力では絶対的に敵わない武人というものへと恐怖、暴力への侮蔑と畏怖。悲しさと虚しさ・・。
複雑な思いにさいなまれつつ孔明は武人と見詰め合っていた。

武人は表情を消していた。
このような顔をした趙雲を見たことはない。
このような間近に表情を見ることももう、無くなるのかもしれなかった。

手が、伸ばされる。
くずれかけた頭頂の結い髪をほどかれた。髪を結っていた紐を、武人が手に掬い取る。
それは楚々とした瀟洒な綾紐で、蒼天にも似た色の宝玉が通されている。
武人の手に取られて改めて思い出したが、そういえばその美しい髪紐は趙雲から贈られたものだった。
透きとおった蒼い宝玉は自分よりも凛としたこの蒼将のほうにこそ似合う色合いの品だと思ったが、想う人から贈られたものと大事にして常に髪に付けていた・・。

「あなたは、何も分かっていない。孔明殿」
武人に両手を掴まれた。そんな乱暴にされたことがないというようなやり方で。
「あなたは、女人ではない――知っております、そんなことは」
両の手首に髪紐がからみついて、縛められる。
「あなたは。・・・私が、なぜ主公から戴いた縁談を断ったのか。なぜあなたに触れるのか。どんな想いであなたに宝玉を差し上げたのか。本当に、何も分かっておられない」


縛られた腕を胸の前で固定され身動きができないまま、帯がゆっくりと抜かれ、衣の前が開けられた。
羞恥よりも恐怖のほうが強かった。何をされても抗えない生贄にでもなったようなおそろしさがつのった。
「ああ、もうひとつ付け加えましょう――年若い男を居室に入れて・・・外に響くほど笑んでおられたと聞いて。私がどう思ったかなど。あなたには分からないでしょうね」

抵抗できない脚を広げられ、持ち上げられた片足に、唇が触れる。ふくらはぎに舌が這い、腿のうちがわにある白くやわい膚に口唇が落とされた。
きわどい場所を食むように吸われる。
淫靡な痕を残しながら、昂ぶりをうながすように手のひらで中心をやんわりと刺激されるが、怯えきった孔明のそれは反応を返さない。
女ではない、と言い張った意趣返しとでもいうように、男でしかありえない証を趙雲は弄んだ。
手のひらで包みこみ、根元に舌が押し当てられる。見せつけるようにゆっくりと舌を這わされると、孔明の細い喉が震える。
「・・・・・んっ」
かすれた声に、趙雲は口端を歪ませた。手をじんわりと這わされ、裏の筋に沿って舌で舐められると、強い刺激が腰を這い上がって背がざわめいた。
わずかな反応を返しはじめた花芯を指でからめて擦るようにすると、次第に芯を持つ。手のひらで強めに握られ擦り上げられると、乱れた声がこぼれた。

身体は動かず、手足もしびれたように萎縮していた。ゆっくりとした愛撫を受けている性器だけが生々しい感覚を拾う。
男の指が尻の間を這って、奥まった箇所に辿りつく。抗うすべもなく浅く息をするだけの孔明にも、なにをされようとしているのか分かった。
男の指にはぬめるものが塗りつけられていた。乾いた後孔のふちに冷たい感触のなにかが潤いとぬめりと与えるように何度も塗りつけられ、幾度もふちをさぐっていた指が止まり、ぐっと力が込められる。

指が抜かれ、またぬめりをまとって後孔を撫でさする。
美しい蒼房の槍を自在に操りなみいる敵を屠り尽くす、節が太く長い武将の指が差し入れられ内部でうごめく。
ずり上がろうとしてその度に引き戻されてより深みへと差し込まれた。気が遠くなりそうなほど長い恥辱の時間が過ぎ、やがて何本かに増やされて挿入を模したような動きすると、淫靡な音が寝台の内部に響きはじめる。

面倒な準備なしに交わることの出来はしない身体。準備とはまるで、其処を濡らして潤ませて、無理やり女性器へと変えるようなものだ。

嫌悪に身じろぐと、また男の象徴へと愛撫がなされる。武人の指先が先端のくびれをやさしくなぞった。刺激が背筋を這う。身をよじっても、両手を拘束されていて大きくは動けず、動けない分からだの内側に刺激が降り積もっていく。
先端をいじられて、透明な蜜がこぼれた。
「ん、・・はぁ・・・っ」
頭部が下がり、男らしい薄めの唇が孔明の花芯をくわえこんだ。まるで女性器に挿入する時のようにゆっくりと。先端から順に熱く濡れた口中に含みこまれていく感覚に腰が浮き、切羽詰まった喘ぎがもれた。
「・・あ、ああ・・・」
咥内で繊細に締め付けられて、快感がはしった。唇で食むようにされながら舌を押し当てるように舐められる。
同時に、後孔に這入った指で内壁をなぞりあげるように動かされて、ひ、と喉が反る。なかに入れられたなにかの油を塗り広げるように、中をなぞられて、ゆっくりとやわらかく抜き差しをされた。

男でしかありえない箇所と、これから女のようにされてしまう箇所への同時の愛撫に、やるせないような切なさがこみあげて喉が詰まった。
わたしたちの交合とは、いったい何なのだろう。
無駄ではなく。意味があるのだろうか。


花芯を根もとまで含みこまれて、中に挿れられた何本もの指でなかをこすられて、躰の奥から熱いものがせりあがる。
勃ち上がった男根を舐められるとひそやかに湿った水音がして、たいして抵抗もなく男の指を咥え込んだ奥処からは甘いような水音が漏れていた。
抗おうとする胸中に反して、中の襞を拓かせるような抽挿を繰り返さると内部は悦を呼び込んで痙攣を繰り返し、男の指を締めつけた。

口を開けると、吐き出した息は熱と潤みを持っていた。身体の奥底から熱が沸いてきて理性も思考も朦朧と遠ざかる。
苦しい、気持ちいい。でも何かおそろしい。
奥処をまさぐっていた指が抜かれた。
「軍師、殿・・・」
呼ばわる、苦しげな声音。重なってくる厚みのある体躯に孔明はひっと喉を鳴らした。他者の体温に下肢がぐずぐずと疼いて射精感が押し寄せる。
「・・、っく、んぅ・・っ、」
恐れと期待がないまぜになった複雑な心境のまま孔明は眉を寄せて、弱々しく拒絶の文言を口走る。
「止、め、・・・」
大きな手に口を塞がれた。乾いた空気を吸い込んだまま吐き出せずに喉が震えた。
強靭な体躯の下肢が擦りつけられ、互いに勃ちあがり濡れているものが磨り合わされる。熱く堅く濡れている性器同士がすり合わされて動かされて湧き上がる淫らな快感に、押し付けられた手のひらの下で孔明はうめいた。雄同士でしかありえない交歓のしかた。この世にこのような快の追い方があるなど想像したこともなかった。

「、んぅ・・っ、ん・・・」
相手の昂ぶりが直に伝わる。ひどく欲情しているのだと嫌でも知らしめる触れ方。押し殺した吐息。体躯の熱さ。
欲情しているのだ、彼は。劉軍の蒼龍と称される趙子龍は。
誰に?彼がそれほどまでに情欲の炎を灯する相手は―――
ひどく苦しげな切なげな表情をして彼が押しひしいでいる相手は、誰なのか。

「主公に命じられて、あなたを抱いている――?そのような事をよくも思いついたものだ。主公が幾度も通い詰めてようやく得た掌中の珠に触れるなど、―――斬首も覚悟してのことだったものを・・!」

強引に足を持ち上げられて有無を言わさぬ間に、彼を受け入れるということを強いられた。
雄々しくそそり立ったものが分け入ってくる。
「んん、ん・・――っ」
躰の内側に感じる激烈な圧迫感、熱さ。
強引に、無理やりのように受け入れさせられているのに、それでも傷つけないように配慮されている事が分かって喉もとに熱いものがこみ上げる。
いままさに繋がろうとしている箇所も、強引に繋がろうとしている彼のものも、切ないほどに熱い。
挿入されかけただけで奥が痺れるようだった。生まれる濃厚な疼きに、手のひらの下で唇を震わせる。

ず、と更に分け入って押し込まれてゆく。
塞がれていなければどんな声が上がったのだろうか。
苦しさへの悲鳴か。いやおそらく、―――強烈な刺激の甘美さへの喘ぎだったのだろう。
ぐっ、と腰を押し付けられると挿入されたものの生々しい質感を否でも知らされて、潤滑油の淫靡なぬめりとともに、彼の存在を感じた。
無意味な交わり・・・そうではない。

押し付けられた体躯に快美を感じるのは。普通ならば屈辱と嫌悪しか感じないであろう雄の陰茎に征服されることに愉楽すら感じるのは。そもそも、男色などに断じて関心も興味もなかった自分が、肌を合わせ身体を交わらせて熱を分け合うことすら求めたのは。
――相手が、彼だったから、だ。


感じていた胸苦しさ。心の奥底に生じていたしこりのような重み。
天候のように、時候の挨拶でもあるように当たり前にある、若い勇将への縁談の噂話を知るたびに、汚れた泥雪が積もるように溜まっていった焦燥と不快。
心身の不調は、北風の冷たさではなく寒さのせいでもなかった。ましてもう二度と帰ることはない素朴な里への郷愁でもない。

嫉妬。そして独占欲。
ただそれだけだった。




脚を折り曲げられてより奥へと彼が挿ってくる。深みを抉られる衝撃に声を上げたいのに塞がれていて叶わない。

首を振った。流石に武人の手は強靭で、押さえつけられていた手のひらはそれくらいでは外れない。
視線で訴える。外してくれ、と。
「、――拒絶の言葉など、聞きたくありません・・!」
ひどい苦しみに耐えているような上擦った声が、孔明の胸に痛みと焦燥をもたらした。
首を振った。そうではない、と。
(・・・子龍)
手のひらの下でくちびるを動かした。
いまだかつて呼んだことのない彼の字を。
公務中は趙将軍と、私的な場では趙雲殿と、呼んできた。乞われても字は口にしなかった。
どうして呼ばないか。
だって、そんなことをすれば零れてしまう。
秘めておくべき想いが。こぼれ出てしまう・・・。

勘の良い男は孔明がおのれの手のひらの下で発している呼称に気付いたようだった。はっと目を開き、信じられないとでもいうように口を開く。

「孔明、どの・・」
思わずというように少しずれた手にようやく息をつく。喘ぎながら訴える。
「・・・・手も、外してください」
「嫌です」
「子龍」
目に見えて動揺する武将に孔明はささやきかける。戦術家らしい詐術も巧緻もまったくありはしない、上手く回らない舌を必死に動かして、いとしい人に説得を試みる。
「外してください・・・あなたから頂いた大事な品に疵をつけたくないのです。それに―――」
どうか想いが届くようにと、ただそれだけを願いをこめて。
「このままでは、あなたのことを抱き締められません」

 






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(2021/5/1)

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