初夜1 魏孔(私設)

 


7月:夏の百合



殿の狩りに同行した。
わたしはいなくとも良いでしょう、と断りかけたのであるが、軍における狩猟とは、食糧の調達と武官同士の連携の訓練を兼ねる大切な行事であるのだと、連れ出されたのだ。

「わたしは編成などの指揮をとれば宜しいのでしょうか?」
「いや、そなたはくつろいでおれ」
「・・・といわれましても」
やるべきことが山積みなのだ。政務を進めたいのだが。
「狩り場に立つ城館にはなあ、湯が湧き出しておるのだぞ」
「湯?・・ああ、いで湯ですか」
温泉が湧いているということだ。これには心が動いた。
地中からの湧き出る湯は、人を癒す効用があると聞いたことがある。身体を芯からあたためて傷病を回復させ、また心労をもやわらげて癒すのだとか。

「諸葛亮よ、そなたはよく働く。わしのため、兵のため、民のために・・・手を抜かぬ働きぶり、まことに有難く思うておる。だがな、少々働きすぎにも見えるのだ。弓の弦は、きつく張りすぎていると切れてしまうものだ。ゆるめることを覚えるとよい」
慈父のような笑みを見せる主君の思いやりに諸葛亮は感動した。
ゆるみそうになる表情をそっと羽扇のかげに隠す。
「城館は堅牢なつくりゆえ、安心してくつろいでおれ。夕暮れには獲物をたんと持ち帰ってくるからな」




自然のなかで湯に浸かるとは、なんとも贅沢なことだ。
どこかの豪族が狩り場に建てた館は、堅牢でありつつ雅趣もある。地中から湧き出る湯を引いているという石造りの湯舟は広く、山に向いた側は開けており、樹木の生い茂る様が見渡せた。
屋外で衣を脱ぐことの心もとなさは、のどかな静けさの中ですぐに消えてしまい、湯につかる心地良さを堪能した。
陽だまりのようにあたたかい湯に肩までつかるのは何とも心地よく、じんわり温まって、疲労が抜けてゆくようだった。
近くに流れる川のせせらぎも耳に心地良いばかりで、眠気を誘う。

いけない、湯のなかで寝てしまわないようにしなければ・・・
閉じていた目をあけて辺りを見渡す。
薄曇りのやわらかい空の色。のどかな鳥の声。夏の訪れを思わせる、濃緑の葉が幾重にも重なる樹々。
野草に混じって野生の百合が風に揺られている。白い百合は凛として奥ゆかしく、斑点のある濃い黄朱色の百合は生き生きとして、それぞれに自然のなかに生きる生命のたくましさを感じさせる。
山中に咲く花は、ひときわ鮮やかに目を惹いた。


褐色の斑を持つ生命力たくましい黄朱の花に年下の情人を想起して、諸葛亮は湯の中でみじろいだ。
顎下まで湯に沈むと、ちゃぽんと湯が跳ねた。
魏延も狩りに同行している。武装よりはずっと簡素な革鎧のなめらかな表面が、初夏の朝日を照り返していた。騎乗して並んだ黄忠となにか話しているところを、後ろから来た張飛の馬にどつかれていたのは、まあわざとされたのだろう。

馬の鞍に強弓と矢を備えていた。そういえば弓の腕前は知らない。
黄忠が弓の名手だというのは知られているが、さて、魏延はどうなのだろう。
並外れた戦闘力を持つ男ゆえ、おそらく下手ではあるまい。そして容赦のない狩りをする気がする。あの男に追われる獣のほうこそ気の毒だ。

生まれ持った性格なのか、それとも荊州軍での不遇のせいなのか、魏延には陰性の翳りがある。
嗜虐の性・・・他者の血や、苦痛を愉しみ、残虐な行いを好んでやる性分が、透けて見える――というより、本人が隠そうともしていない。
そのような男だ。追う獲物には容赦あるまい。
追われる獲物は気の毒・・・という思考の途中で、諸葛亮は動揺した。
そのように嗜虐を好む男――魏延と、諸葛亮はお付き合いしているのだ。
接吻はしている。抱擁も、しばしば。それ以上のことは、していない。
諸葛亮が逃げているから。


とすれば、わたしは、追われる獲物か・・・
考えると、ぞくぞくと背が震えた。
いや。無体なことはされていない。あのように見るからに獰猛で血気盛んで、あらゆる欲が強そうな男であるにしては、破格なほどに待っている。
想いを告白し合った昼間に押し倒されかけ、夕刻には寝所へ入れてくれと乞われたのだが、早すぎると諸葛亮は断った。
あれから三月ほど経つ今も、まだ早すぎると思っている。
というか、応えられるめどがまったく立たず、焦らなくもない。

「・・・・」
こっそりと湯の中で片手を巡らせて、並べて立てた両脚の裏側――尻の後ろに指先を忍ばせてみる。

おそるおそる指先で触れた奥所は固く閉じていて、とてもとても、開きそうにはない。
それはそうだ。元よりそういう用途で使う箇所ではない。
何度かこすって、おもいきって指先を入れてみようとするのだが、やはり無理だとしか思えない。
其処を使って情を交わすことなど、できそうにない・・。
あっさりとあきらめた諸葛亮は手をどかし、諦観の表情で目を閉じた。


「お、くつろいでおられるな、軍師」
諸葛亮のひそかな苦悩など吹き飛ばすように明朗で野太い声が響いて、諸葛亮は岩に預けていた頭を起こした。

「――魏延?」
「ほう、思うたより立派な湯殿ではないか。殿もよい湯だと言っておられたが、ふうむ、これは良さそうだな」
呼んだのは無意識だったが、館へと繋がる木戸から現れた偉躯を目に入れて絶句する。
興味深げに湯や設備を見回す様子から、そろえた両脚の下で密かに行っていた諸葛亮の行為を見ていたとは思えない。それでも羞恥が込み上げた諸葛亮は視線を逸らして、置いておいた布を探した。
濡れないようにと岩の上に置いてあった布はすぐに見つかったが、立ち上がるのも恥ずかしい。
湯衣も何も身につけていないのを後悔した。
位の高い貴人であれば、湯に入るときも裸身を晒すものではない。けどそれは宮中とかのことで、たとえば周瑜ほど風雅な人であればそうしているかもしれないが、この陣営ではおそらく劉備さえも湯衣なんて使っていないだろう。
狩りの終わる夕刻までの間はどうせ誰もおらぬし、何の警戒もなかった。


横幅の広いがっちりと肉が乗った体躯は、朝見た通りの軽鎧をつけているのだが、ぴかぴかであった朝と違って汚れている。
怪我はしていないのかと心配になるくらいのひどい汚れだ。

興味津々といった様子で辺りを見回しているすきをついて湯から上がり、すばやく身体を拭いて素衣を身につける。とくに妨害はなく、衣を着られて裸ではなくなったことに、諸葛亮はほっとした。
全裸でいるところで性的な接触をしかけられたら、どうしたらいいか分からない。

それでいて、少々気がかりでもある。
魏延は本来、荒々しく傍若無人きわまりなく、我が儘な気性だ。
それなのに、性的な行為に関しては強制してこない。誘ってはくるし、焦れている様子もあるが、強引にことに及ぼうとはしないのだ。

諸葛亮を、それほどにたいせつに想っているのか。
それとも、実は、男の躰になどさして興味はないのか。


諸葛亮はちいさく息をついて、入浴中まとめていた髪をおろした。湯を含んでしっとりを潤んだ髪束を布で押さえる。
「狩りは、どうしたのだ。その汚れは、まさか怪我を?」
「狩り場をひと巡りはしてきましたぞ。猪を見つけて、狩ろうとしたのだがな」
「逃げられた?」
「逃がしたのだ。子連れだったのでな。ほうれ」
ごそりと帷子の合わせから取り出したのは、ちいさな猪の子である。
思わず手を伸ばした。両手で挟むように抱きとめると、ごわごわとした毛が手のひらに触れた。
「愛いであろう」
「うむ」
ちいさくてかわいらしい。
だけど、野生の子だ。縞模様のある毛は土砂で汚れ、ちいさな爪にも泥が詰まっている。
「湯で洗ってやっても、よいものか」
「飼われるのか?」
「いいや。そんな余裕はない」
「では、やめておけ」
「・・そうだな」
魏延に返そうと差し出したのだが、子猪は嫌がって暴れ、魏延の顔を掻こうとする。小さくとも力は強い。
「こわいのかな、そなたの顔が」
苦笑して言うと、唇を曲げた魏延はふんと鼻を鳴らした。
結局あまりに暴れるので草むらに向けて手を離す。わざわざ土に降ろしたのにその場でぐるぐると回り、後ろ脚を踏み外して一瞬湯に落ち、盛大な湯しぶきを諸葛亮に引っ掛けたあげくに、山に向けて一目散に駆けていった。
野生の獣の子に人の匂いをつけるのは駄目だが、あの勢いでは大丈夫であろうか。

「軍師に湯を引っ掛けて逃げるとは。親子ともども狩らずに見逃してやったのに、恩知らずなものだ」
掛かった湯をぬぐうように頬をひと撫でして手が、顎に添えられる。武装の手甲をつけた手で、湯上りの無防備な膚を触れられるのは落ち着かなくて、どこか倒錯的な官能がわいた。
もどかしいような、名状しがたい感情がわき上がる。
「魏延」
「うむ?」
「野生の子を、連れてきてはいけない。親がいるのなら、特に」
「知っておる」
知っているなら何故、という当然の疑問と非難を受けて、男は片目をすがめ、獰猛な顔つきに甘いような苦笑を浮かべた。
「貴殿に、見せとうてな」
合っていた視線が、ふいと逸れた。
「花に、獣の子、あとは珍味やら、道具やらもか。めずらしいもの、愛いもの、うるわしいもの・・・何もかも、貴殿に見せたくなるのだ」








まこと、ひとを恋うとは、おかしなものだ。こころの奥がくすぐったくて仕方がない。
このような心持ちになるとは。
あの猪子を掴まえようとして、魏延は崖から滑り落ちた。革鎧の盛大な汚れはそのせいだ。怪我はしていないのだが、痛めたふりをして狩り場から抜けてきた。

軍師は、湯に入ってくつろいでいた。透明な湯がゆらめくなかにある無防備な裸身に、滾るものがあった。はっきりと欲情した。
湯に乱入してやろうかとも思うたが、逃げ場のない湯殿で迫られようなら、軍師は恐怖するであろう。

魏延は強いものを倒すのが好きで、か弱いものを追い詰めていたぶるのもまた好きである。
軍の総帥である劉備の第一の寵臣でありずば抜けた智者であり、それでいて非力な文官である諸葛亮は、強い立場でもあり、腕力でいえばか弱くもある。
狩りの獲物であると仮定すれば、まさしく狩り甲斐があり、いたぶり甲斐のある獲物といえるかもしれぬ。
というのに、狩る気にならないのだ。
魏延は、いくらひとを殺してもなじられるどころか褒められる戦場という異常な場所を好んでいるし、狩りも好きなほうだ。
獲物の血や苦痛、死といった刺激に対して興奮を感じる傾向は、他者よりも強い。
嫌がって逃げるものを追っていたぶるのに愉悦を感じる気性でもあるのだが――そうする気には、今のところなれない。

軍師と相対するたび、胸底に白い羽が落ちてくるような甘美さは、はじめて感じるものだ。
行く手を阻むものは容赦なく斬り捨て、気に入らぬものはなぶり殺しにし、欲しいものは力ずくで強奪するか、だまして奪うのが常の、魏延が。
花やら、獣の子やらを見せてやりたいと思う。旨い酒も食い物も分かり合いたいとおもう、はじめての相手。


「軍師殿、口づけたい。よいか」
軽い口調でいったものの、腹奥では火がともった。
湯上りに薄物をまとった軍師が、物言いたげに顔を上げる。
「そなたは、」
「ん?」
「・・・あまり、強引には、せぬのだな」
意外なほどに、と言を継ぐ。
「強引に、して欲しいのか?」
「いいや・・!」
強引に、という詳細を想像でもしたものか、軍師がぶるりと身体を震わせる。初夏のまばゆい陽射しが白い薄衣をまとった痩躯と黒髪に降り注ぎ、そよぐ風が流した髪の毛先を揺らしていた。

「その・・・そなたは、我慢強いとはおもえない。実は男の躰になど、さして興味はないのか、と」
「・・・、」
は、と短く笑った魏延は、丈高い痩躯を抱き寄せた。
「なにを言いだすかと思えば。なんと危険なことを言われるのか」
わきあがる笑いに喉奥を震わせつつ強引に抱き寄せ、合意のないままに口を触れ合わせる。


何度くちびるを触れ合わせても足りなくて、深く重ねてその感触を味わった。歯列を分け入っておのが舌をもぐりこませて口中をまさぐり、相手の舌を見つけると甘く吸った。
「ん、・・」
かすかな喘ぎに感じ入り、腹奥の火が大きくなる。

――実は男の躰になどさして興味はないのか、と・・・
軍師の言葉を脳裏に浮かべると、ともった火は炎ほどに大きくなり、腹から腰へと広がった。
軍師をさらに引き寄せようとして、崖の土にまみれた己の姿を思い出す。
一度離れると、軍師はつむっていた目を開けた。その目から視線を外さぬままに、革鎧を留める金具に手を伸ばす。戦用の軍装ではない簡易な鎧の留め具は、簡単に外すことができた。

革鎧を取り去って身軽になった魏延を、軍師が見つめていた。困惑しているようにも見える。
「魏延、・・」
このように頭の固いくそ真面目な男が、みずから身体を許すと決意するまで待っていては、いかほど時がかかることか。
目を合わせたまま口を寄せると、軍師は目を閉じた。口づけは拒まれない。いやむしろ、軍師のほうが積極的ですらある。

好かれている、のだ、魏延は、この軍師から。
そう考えると喜悦がこみあげて、合わせた口からすぐに舌を差し込んだ。潤んだ口内を舐めくすぐり、相手の舌を絡めとって吸い上げる。舌を絡めて己の口中に導くとえもいわれぬ心地よく、汚れ物を脱ぎ捨てて身軽になった己の方に、強く抱き寄せて貪った。

軍師のくちびるはやわらかく、己のほうに引き寄せた身体もまたやわらかい。
軍師は、世間一般の基準では偉丈夫といわれる部類の体躯をしている。骨格も太く、ほどよい筋肉もついた男の体躯だ。
将兵の中でも目立つほどみっしりとした筋肉をまとった魏延からすれば、文官の諸葛亮の体躯は柔弱である。
それとは別に、諸葛亮が魏延を拒んでいないから。軍師の心が、魏延に向かって開かれているから、彼の躰は魏延を忌避してはいないから。男の身体であろうとも、やわらかく感じるのかもしれぬと思い、そう思うことは魏延の鼓動を速め、胸の奥底を温めた。


深い口付けを続けながら、魏延は薄い背に手を這わせ、腰を撫でた。
「まだ、駄目か。嫌なのか」
口付けを解いて尋ねると、軍師は息を乱していた。いつもは理知的にきらめく瞳はけぶり、色めいていた。
ためらうようにしながらも、軍師は首を横に振った。
「嫌、では、ない・・・・ないが、」
「こわいか」
「・・・そうだ」
またためらうようにしたあと、頷く。
そうであろうな、と魏延も思案する。
魏延の凶相と厚く筋肉が盛り上がった体躯をおそれない者は少ない。悪相であっても気が優しければよかったのだが、魏延は穏やかで優しい行動をする気性ではない。
恐れられ忌避される理由のほうが多く、受け入れられるほうが稀有なことだろう。

だが、
「嫌では、ないのだな?」
念を押すと、一瞬ためらったものの、軍師ははっきりと頷いた。
その仕草だけでは足りぬと思ったのか、口を開いてきっぱりと言った。
「ああ、嫌ではない」
この軍師は、小心者ではあるが、度胸も覚悟も大いに持っている。
そう思うと可笑しな気分になる。
思えば、魏延のようなものを相手にして、恋をしたとはっきりと告げるような男が、度胸も覚悟も持っていないわけがない。

「俺はな、軍師殿。貴殿が好きだ。想うておる」
言った途端に身体の奥から熱いものが湧き上がる。
「わたしも、そなたが、好きだ」
ゆっくりと言って、顔を寄せてくる。まっすぐに近寄った唇が触れて、魏延の心は歓喜した。
あまりに愛しく、すぐには動けなかったが、ゆっくりと手を伸ばす。
身体を引き寄せて、重なってすぐに離れようとした唇を重ね直す。
情交を知らぬとは言わないが、魏延の色事の履歴はお粗末だ。ことに口でする接触は嫌いで、他人の皮膚や口内の粘膜なぞ虫唾がはしる。
というのに、軍師との口づけはただただ心地良くて、脳芯がしびれる。互いに舌を絡め合うとただならぬ喜悦がわき、唾液さえも甘く感じた。

口をわずかに離すたびに目が合った。澄んだ黒眸が濡れたように艶光り、吐息も潤んで乱れている。湯の匂いがするあたたかな肢体、同じ匂いのする髪。胸の奥から湧き上がる熱が全身へと駆け巡る。

立派な湯殿には、湯上りに身体を休める、涼み台が置いてある。
簡素なその台の上に、魏延は軍師を押し倒した。
いきなりそうされた諸葛亮の背が引き攣り、驚いた顔で見上げてくる。手を上げて抗おうとするそぶりに、額を合わせて、目を合わせる。
「無体は、いたさぬ。お嫌であられるなら、そこで止めるゆえ」
止められるのか、という懸念はあるが、そも昼間の、屋外のような場所である。
狩りについてきている使用人はおらず、劉備が警護にと残した兵卒も追い払っている。
とはいえ、このような場所で交合をするのは無理であるだろう。

魏延は軍師の衣の帯を解かずに胸元だけをくつろげた。
くつろげた衣からのぞく素肌は陽光をはじくような艶があった。
白い素肌のなかでひっそりと色付いた丸い粒を見た途端、魏延は驚きとはげしい欲情に襲われた。
「おおっぉ、なんと愛らしい。桃の花、いや蕾のようではないか」
欲に惑乱してくらくらしながらそんなことを言い、淫欲に息を詰まらせ、其処に口を寄せた。

「な、―――見るな・・・!」
こやつは何と恥ずかしいことを口にするのだ。
眩暈のするような羞恥に見舞われた諸葛亮は引き攣った声が上げ、手を上げて魏延の顔を押し返そうとする。
顔を押された魏延だがそれでひるむはずもなく、片手の指先で薄桃色をした突起を摘み上げる。
ひ、と惑乱した小声をもれるのにかまわず、つまんだ其処を親指の腹で撫で、ほかの指とで挟んでやわらかく刺激する。
軍師の身体がびくついて隙ができるやいなや、唇を寄せて口に含んだ。
「あっ」
普段は存在することを忘れているような箇所を舐められて、諸葛亮はたじろいだ。
それは、女人を抱くときの手順だ。
今更だけど、己が抱かれる側なのだ、と危機感をいだく。
男同士の情交を考えるに、後ろを使った肛虐の危機だけを案じていたが、胸への愛撫も案じるべきだった。むずかゆいような、おかしな感じが湧き上がる。

しているのが魏延というのがもう駄目だった。
魏延は嗜虐的な気性を隠さない。おそらく残忍な狩りを好む。情け容赦もなく獲物を追い詰め狩りつつ、その血が流れるさまを鼻で嗤い、苦痛にのたうつ獲物にとどめの一撃を打ち込むことすら、嬉々として楽しむだろう。
そんな男が獣の子を持って来て、愛いであろうと諸葛亮に見せたのだ。
そして、嫌ならば止めると言いながら、諸葛亮の肌に触れている。
凶悪で獰猛な男が、花のようだ、いや蕾のようだと諸葛亮の胸の朱粒を評し、興奮をあらわに舐め回している。
なんと恥ずかしい。気が遠くなるくらいに恥ずかしくて、そして実は嬉しい。
舐められてから指で触られると、とくにおかしな感覚がわいた。
薄い皮膚が濡らされて指で刺激されると、えたいがしれない痺れに襲われる。じゅっと音を立てて吸われると、身体が勝手に跳ね上がった。
「ふ・・・っ、」
指は片側の朱粒をいじりながら、もう片方の側の乳首のまわりの皮膚を強めに吸われるという未知の感覚に背が震え、声が漏れそうになる。

「なんと、うるわしい膚か。それに、痕がたやすく付く・・・はぁ、たまらぬ」
欲情しきった声音にくらくらしながら、待て、と思う。
痕を付けているのか。痕を付けられているのか。
「待――」
待てと言おうとしたが言えなかった。
急に下へと移動した手が性急な仕草で裾を割り、諸葛亮自身がおぼろげに気付いていた昂ぶりを容赦なく、手でじかに暴かれてしまって、諸葛亮はこらえていた声を、もう止めることができなかった。


諸葛亮は普段は髪を結い上げており、謹厳な様子の士大夫然としている。色の白い容貌が器物のように整っていることもあり、黙っていると冷たくも見える。
それが、どうだ。
湯上りの髪はしっとりと潤んで流れ、はだけた白衣から覗く肌はうす紅く上気しており、あまりにも扇情的である。
舐め吸われ指でいじられるという狼藉にあった胸乳はますます赤く色づいて、魏延の欲情を誘うために存在しているのではないかと、本気で思う。
おのれの前に、これを目にした者がいるのだろうか。
知ったことではない。だが、今後は誰にも許すまい。
このような姿、ほかの誰にも見せることなどあってなるものか・・!

「魏、・・延!・・・んん、あ、・・っ」
激情のままに裾を性急に掻き分けて男根を握りこむと、ようやく声が上がり、軍師の羞恥と快感がぐんと上がるのが感じられた。
魏延は他者の雄の昂ぶりに触れることなど考えたことも無いし、当然もっと忌避感があるかと思っていたのだが。
いざ触れてみると、驚くほどの喜悦に見舞われた。

魏延の手によって軍師が昂ぶっているのだと知れると、己の血が熱くざわめく。
「感じておられるのだな、軍師」
ゆるく勃起している軍師の男根を手で握り、茎を手のひら全体でこすりたてると、たちまちにしてかたく張り詰めた。
「このようにして」
「、ん、っあぁ・・!」
上がる声も悩ましい。
亀頭をいじると息を呑み、先端をくすぐるようにすると背が震えてしなった。先端の割れ目に沿ってじっとり親指を這わせると、喉から頼りのない声が漏れて身悶え、先端に透明な露がにじむ。

「どう触られるのが、良いのだ、軍師?」
「う、・・・、・・分からな、・・っ」
「ほう、お分かりにならぬと?では、好きにいたしますぞ」
口端に笑みを浮かべて揶揄しながらも、魏延の方にもそう余裕はない。男根は張り詰めて痛いほどに着衣を押し上げており、狩猟用にと着用したごわついた麻布に触れるのがもどかしい。
濡れたそこを強めに握って刺激しつつ手を上下させると、くちゅりとひそやかな音が鳴る。

「―――ッ」
諸葛亮の喉が反り、眉根が寄る。手が伸びてきて、魏延の袖を掴んだ。
「達きそうか、軍師、ん?」
「う、・・・」
泣きそうにも悔しそうにも見える顔で軍師は一瞬声を詰まらせて、頷いた。

顔が赤いのは欲情と羞恥の両方であろうか。
高まる性欲に荒く息をつきながら、魏延は軍師にのしかかった。
重みはかけずに半身でもって押さえ込み、下肢への愛技を続けながら口付ける。
口付けを深くして、手の動きを早めると、軍師の身体が小刻みに震える。苦しそうなので口を離し、敏感であるに違いない先端をこねるように淫らに弄った。

邪魔な衣をまくりあげる。
胸の粒も花のつぼみに似ていたが、男根すらもまた花のようにたおやかに見えるのは、軍師が特異であるのか、はたまた魏延の目が恋に曇っているせいか。

「・・っよせ、―――人が、来たら」
「来るものか。皆、狩りに夢中だ」
魏延が追い払った城館の護衛兵らも、みな喜んで狩り場に行った。
狩りの獲物は貴重な食糧であるし、成果を上げれば賞賛を得る上に、終わったあとの宴会も狩りに参加していたほうが楽しんで盛り上がれる。


「誰もおらぬ、軍師。もっと感じてよいのだ」
「だめ、だ」
「駄目なものか。それとも、ここで、止めてもよいのか?」
意地悪く笑い、しごいていた動きを止めてしまう。熱くなった幹をぎゅっと握り、堰き止めるようにした。
「――あ、」
じんわりと幹を刺激して、先端を思わせぶりに突っついた。
「ほれ、お言いなされ。どうして欲しいのだ。それとも、ご自分でなさりたいのか」
恥ずかしげもなく聞いてくる厚顔を睨みつけるが、諸葛亮には余裕がない。
恥ずかしくて恥ずかしいが、このまま止められるものではないし、止められでもしたら、自分で処理するはめになるだろう。
そしてそれを、見逃す男でもない。見られながら、揶揄されながら自身をなぐさめるさまを想像するだけで、神経が焼き切れそうである。

「・・・達したい。魏延・・してくれ」
本当に周囲に人の気配が無いことを確認してから、恥をしのんで頼むと、恥ずかしいことを言わせた当の本人である魏延は、息を呑んで硬直するではないか。
本当に、何なのだ、このけだものは。
「犯したい」
「・・・いや、それは・・駄目だ」
「・・・・・・であろうな」
ふたたび性器を握りこまれて、身体が震えた。くすぶっていた熱がぶり返す。
「犯しはせぬ。だから、俺を見て、達してくださらぬか」
本当に、こやつは何と言うことを口にするのだ。
強引な手にしごかれ、粘りけのある淫らな音が立つ。
諸葛亮の熱は煽られ、増していき、大きな情動に襲われた。
もう出、る―――・・・
「魏、延――・・!」
ぐいと、狩り着の襟もとを掴んで太い首を引き寄せ、口を合わせた。
驚きに目をみはるその目と視線を合わせて、深く激しい衝動に身をまかせた。無骨な手に男のしるしを握られて、諸葛亮は自身の欲をその手のなかに吐き出した。
熱いものを迸らせる瞬間は、視界が白く染まって、すこしだけ目を閉じてしまったけれど。


 






次へ ≫


(2024/7/27)

≪ 一覧に戻る